2-1

 検査の協力にあたってコウダは一つだけ条件を提示した。

 ――謝礼は手渡しで直接もらいたい。

 通常はそういったものは諸手続きのために振込が主だったが、他ならぬ彼からの要求ならば話は別だ。ヒヤマは上司を説得し、特別に許可を得た。

 そして今日は、彼の二回目の来館日。最初の本格的な検査の日だった。

 夜が来て、ヒヤマは落ち着かない。彼が来るのが待ち遠しかった。

 身だしなみを整えようと自室の鏡に向き合う。自分の顔が写っている。

 ヒヤマは自分の顔に、特段何かの感情を持っていない。取り立てて言うところのない顔だと思っている。どこにでもいそうな、少し気の弱そうな顔。若干垂れた優しげな目に関しては、職業柄役に立っていると思っていた。それ以外は、至って平均的な三十二歳の顔だ。

 完全不眠者の割には、ヒヤマの顔つきはさほど不健康そうではない。それは彼が長い不眠生活の中で、自分を偽る術を見つけたからだった。眠れない生活が長引けば、それに対しての対処法をそれなりに探すものだ。人類もこの不眠現象に、打開策は見つけられずとも妥協案を探すことくらいならできるだろうとヒヤマは思っている。

「よう」

 ノックもなしに部屋に入ってきたのは、同僚のカンザキという男だった。

 カンザキはカウンセリング用の椅子に座った。カンザキは体が大きいのでずいぶんと椅子が軋んだ。太っているのではなく、骨格が立派なのだ。

「本当にそんなにすごいのか、そいつは」

 この後来るコウダの話だった。

「グラフは見ただろ?」

「ああ、……まあ、な」

 カンザキは歯にものが挟まったような言い方だった。

「なんだよ。見たならお前にもわかるだろ、あのすごさが」

「わかるけど」

 椅子をリクライニングさせ、カンザキは天井を見上げた。

「――あれは、綺麗すぎる」

 カンザキの目に室内灯の丸い灯りが反射している。

「あれはきっと、その代わりに何かを――おっと」

 彼が話していると、ちょうど呼び鈴が鳴った。

「じゃ、また、観察室で」

 ヒヤマは鍵を開けに行った。入り口のガラス扉の向こうにコウダが立っている。入り口に貼ってあるポスターを熱心に覗き込んでいるようだった。鍵を開けながらコウダに「気になりますか」と問いかけた。コウダは頷く。

 ――『sleeping planet/眠りの惑星』。

 そう題された展示がまもなく開催されるという告知だった。

 美術館で行われるその展示は、タイトル通り『眠り』をテーマにしたもので、動画やイラスト、グラフなどの資料だけでなく、美術館らしく『眠り』をテーマにした芸術作品も展示されるという。この睡眠研究所もその展示を監修していた。

「もしよければ、無料チケットを差し上げますよ」

 自室にコウダを案内したヒヤマは、そう言って机から関係者用のチケットを一枚取り出した。無言でじっとそれを見るコウダの手元に、

「せっかくですので、ぜひ行ってみてください」

 そう言ってチケットを渡した。

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