2-2

 マジックミラーの向こう、観察室のベットの上、コウダは仰向けに寝そべりその顔を真正面――天井にまっすぐ向けている。

 美しい寝顔だ。

 安らかなその顔で、彼の顔が整っていることをヒヤマは再確認した。

 中心にしっかりと鼻梁が通り、形の良い唇がその下に置かれている。そしてくっきりとした眉。閉じられたまぶたの向こう側で、眼球が多少動いているのが見て取れた。レム睡眠だろう、そう思ってヒヤマは脳波のモニタを確認する。予想通りの動きをモニタは示していた。よく眠っているようだ。

「しっかり寝てんなあ」

 ヒヤマの隣に立つカンザキがぼやくように言った。

 彼は前回同様、ベッドに入ってすぐ確実に入眠した。これだけ深く眠れる人間が、今世界にどれだけいるだろう。

 当然、これだけ就寝が順調だと疑われるのは薬の服用だ。

 しかし、そのために長めにとっているカウンセリングの時間にしろ、彼のグラフにしろ、それを裏付けるものは何もない。

 ヒヤマはパソコンの画面を操作しコウダの脈拍データを確認する。それは彼の腕に巻かれたバンドから測定されているはずだった。自分があんなものを巻かれたら落ち着かなくて絶対に眠れないとヒヤマは思う。そうしてコウダを見る。相変わらずぐっすりと眠っている。

 彼の睡眠は、今までヒヤマが観察した他の被験者に比べても抜群に安定していた。

 いびきも歯軋りもなく、寝相が良く寝言も少なかった。

 改めて彼の寝顔を見る。

「ずいぶんと嬉しそうだな」

 横からカンザキが言う。

「お前がそんなに嬉しそうなのは初めて見た」

 そう言ってモニタを見て、

「確かにこれはすごい」

 そうして、ぽつりとこぼした。――怖いくらいだ。

 ヒヤマにはその感覚がまったく理解できなかった。こんな素晴らしい睡眠データなのに。

「ちょっと、外の風に当たってくる」

 そう言ってカンザキは部屋を出て行った。

 ……不意に頭がぼうっとして、ヒヤマは目元を擦った。ああ、自分は今何時間眠っていないだろう。コウダが入眠してからもう三時間が経過している。三時間連続で眠ることが、ここ一年間できた記憶がヒヤマにはなかった。

 ヒヤマは頭を振って眠気を奥に追い払うと、再び脳波のモニタに向き合った。脳の活動を見るに、彼は今どうやら夢を見ているらしい。

 どんな夢を見ているのだろう。

 ヒヤマは眠りがあまりに浅く、見るのはだいたいが悪夢だった。しかも、ほとんどいつもその内容は覚えておらず、残るのは悪夢を見たという不快感だけ。びっしょりと寝汗が滲み、早まった動悸で目が覚める。もし悪夢の中身を覚えていたら、自分の中できっとそれを馬鹿げたものだと処理できたことだろう。だけれど、それは指の間をするりと抜けて記憶には残らない。だから、ヒヤマはそれと戦うことができない。

 コウダの寝顔を見る。

 そのやすらかな顔を見れば、悪夢を見ていないことは想像に容易かった。彼はきっと、とても穏やかな夢を見ているのだろう。そう考えながら寝顔を見つめる。

 その閉じられた目尻に、つぷっと水滴が浮かんだ。それはそのまま重力に引かれて顔の横へと流れ落ちた。

 ぼんやりしていたヒヤマは一瞬それがどういうことなのか理解できず――一拍遅れて、ああ彼は泣いたのだと分かった。

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