第二話 リリカの日常生活

――冷蔵庫を開くと、その安心空間の中心で、

リリカはむしゃむしゃと音を立てながら、てりやきバーガー味のえもい棒を食べている。


ちらり、と視線がぶつかった。

俺が見ていると、リリカはすぐに顔を背ける。

――のに、数秒後。

またちらり、こちらを見てくる。


俺は微動だにせず、凝視する。

……なんだ、この無限ループ。


「はあ……どうしたんだ」


「何ですの、悠斗さま。お食事中に、そんなにじっと見られても困りますわ」


「こっちの台詞だっての。またえもい棒食べて……栄養、偏るだろ」


「しっかり、栄養はありますわ!見て下さいまし」


リリカは両手いっぱいに、色とりどりのえもい棒を掲げた。

やさいサラダ、コーンポタージュ、めんたい、とんかつソース、納豆、牛タン塩――

自慢げなにやにやした笑顔で見てくる。


「ど、どどうですか!」


「……野菜を、きちんと摂りなさい。リリカの偏食が心配だし、それに納豆や牛タン塩味って……気になるじゃないか!」


「ば、ばかにしないでくださいませ!

やきとり味も、ありますわ!」


「……リリカ。チョコとポテチとえもい棒が主食だろ。全部お菓子じゃないか」


「仕方ありませんわ。だって、冷たいものしか食べられないのですもの」


「はあ……。他にもあるだろ……それで、なんでそんなにスタイルいいんだよ」


リリカは、ポッピングシャワーなんて名前をつけてもいいほど、整った美貌と信じられない体型をしている。

――俺の視線を、無茶苦茶挑発してくる。


リリカのえもい棒、てりやきバーガー味がポロポロと床に散らばっている。


「……で、ポロポロ落ちてるけど、ちゃんと掃除もしてるのか?」


「すぐにお掃除ロボ戦車、出動ですわ!ふんっ、当然です。月島家は清潔第一ですし、悠斗さまに恥をかかせるわけにはいきませんもの」


さらっとツンを発動して、デレも混ぜてくるのは相変わらずだ。

小型の掃除機ロボが、ぶいーんと動き出した。


「お着替えの時間ですわ。悠斗さま、わたくしの様子を眺めている余裕があるのなら、ご自身のやるべきことをやってはいかがですか」


「んー、あとでやるー。

今日は何を着るんだ?」


「悠斗さま、お勉強してくださいませ。

早く扉をお閉めください。お着替えですので、施すわけにはいきませんわ。わたくしがよろしいと言うまで、絶対に開けないことですわ」


はいはい、と言って冷蔵庫の扉を閉める。

月城リリカには決まった着替えの時間がある。


朝八時、昼十二時、夕方十八時、夜二十一時

一日に四回もあるのだ。


リリカは衣装や着替えるのが、楽しいらしい。

「新しい自分に会いにいくの」と、歓喜し、誇らしげに言う。

――なるほど、これがリリカちゃん人形の完成形だ。


「……い、いいですわ。開けても」

中から、少しだけ緊張した声がした。


「お、開けるぞ、リリカ」


扉を開けた瞬間、思わず息を呑んだ。

そこには、身体にほどよく合った迷彩服にパンツ姿で、AK47のショットガンを抱え、もじもじと立っているリリカがいた。


普段のきちんとした佇まいとのギャップに、思わず胸がギューんと音が鳴る。

視線に気づいたのか、リリカはさっと机の後ろに隠れた。 


「ゆ、悠斗さま……こんなはしたない姿、やっぱり恥ずかしいですわ」


「待って。軍服、すごく似合ってるぞ。敬礼!」


「そ、そうですの……?敬礼!?

それにしても、ずいぶん身体に沿う服ですわね。こんなに締め付けが良いものなのでしょうか」


(それはリリカがポッピングシャワー体型だからです)


「……動きやすいだろ。せっかくだ、地べたで這いつくばってみてくれ」


「な、急に御子さまなんですの!?這いつくばる、って……」 


「軍隊の作法だよ!匍匐前進っていうんだ。やってみろ」


リリカは恐る恐る、うつ伏せになりながらこちらを見上げる。

「こうですか?」  


(ギューーんかわいいいいいい) 


「そうそう、じゃあ、冷蔵庫の左端から右端まで訓練だ」


「訓練って、なんですの」


「日本の歴史を体験できるんだぞ、リリカ。やってみろ」


「は、はい……でわ」


リリカは冷蔵庫内のゲーム機棚に向かい、右端にあるお菓子ボックスまで挑戦する。


「構えて、よーい、どん!」


リリカが必死にうつ伏せで、胸を床に擦りながら前進する。だが、腕と脚をバタバタさせているだけで、一向に進めていない。


「リリカー、水泳でもしてるのかー?全然進んでないぞ!」


「御子さま、これってどうやって進めますの?」


「まずはお腹を上げて、左肩を使って前進だ」


リリカは懸命に、ギコギコしながら身体を進める。


「いいぞー、その調子だ!イケイケー!」


「着きましたわ……はあ、はあ……なぜか身体が熱くて、火照ってしまいましたわ」


「それは効果抜群だよ。運動も大切だ!定期的にしよう」


リリカはお菓子ボックスに手を伸ばし、えもい棒を取り出して口に運ぼうとする。


「待った!どれだけ食べるんだよ」


「運動後のプロテインですわ」


「全く関係ありません。その手を離しなさい、さもないと――」


「……さもないと、どうするんですの?」


「身体が、ポッピングシャワーが、ロッキーロードの爆裂チョコ塊になってしまうでしょうが!」


「はて?ロッキー?なんですの……それ」


リリカは首をかしげながら、口元にえもい棒を持ち上げる。

その瞬間、俺は迷わず取り上げた。


「だ、だめですわ!私の主食、勝手に取らないでくださいませ!」


「勝手も何も、リリカの健康と安全が第一だ!」


リリカは背伸びして、俺の手からえもい棒を奪おうとする。

その仕草は、ねこじゃらし――否、

えもい棒という名のえもじゃらしに本気で飛びかかる、凶暴な猫のようだった。


小さな冷蔵庫の中で、リリカはぷっくりと頬を膨らませ、怒った顔で俺を睨みつけてくる。

そのくせ、尻尾でも生えていそうな勢いで、えもい棒を取り返そうと必死なのだから反則だ。


「もういいですわ、我慢します。

汗をかいたのでシャワーを浴びますわ!

悠斗さまは、ご自身の時間を大切になさってくださいませ!!!」


バタン、と扉を閉められる。

ふぅ、と一息ついて、赤面している。

俺も学校に行く準備を始める。


はあああぁぁぁぁ―――――。

俺の婚約者が、可愛すぎて辛い。

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冷蔵庫に住む月城リリカは婚約者だが可愛すぎて辛い 無変むくう @mukuu_muhen

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