第9話 俺たちは何を卒業したのか?

俺は砂浜に座り込んでいた。

 荒い息を整えながら、目の前の黒い波をじっと見つめる。


すべてが終わった。

 仲間たちはもういない。


――本当にこれで終わりなのか?


疑問が脳裏をよぎったその時、背後から足音が聞こえた。

 誰もいないはずのコテージから、ゆっくりとした歩調で近づいてくる。


「……よぉ、佐藤。」


村上さんが、そこに立っていた。


「……っ!? 村上さん……?」


確か、村上さんは最初に消えたはずだ。

 俺たちが議論を始めた発端となった、あの“消失”の第一人者。

 だが、彼は今ここにいる。


「なんで……生きてるんだ……?」


「生きてるも何も、最初から死んでねえよ。」


村上さんはニヤリと笑った。


「ま、ちょっとした事情があってな……お前らのこと、ずっと見てたんだよ。」


「見てた……?」


「お前らがどう動くのか、どう選択するのか、それをな。」


意味が分からない。

 俺は立ち上がり、村上さんの顔をじっと見た。


「お前……一体何者なんだ?」


「俺か?」


村上さんは笑った。


「俺は、ゲイになった。」


「……は?」


あまりに突然すぎる言葉に、俺は固まった。


「お前らが必死に“誰が卒業したか”とかやってる間、俺は自分の本当の“卒業”について考えてたんだよ。」


「……何言ってんだよ、村上さん……?」


「俺は、タイに来て、男に目覚めた。」


村上さんは、やけにキラキラした目で俺を見つめた。


「お前らが童貞卒業だの何だの騒いでる間に、俺は、別の次元に到達してたんだよ。」


「……ちょっと待て、整理させてくれ。」


俺は頭を抱えた。

 これまでの出来事――仲間の消失、議論、処刑。

 そのすべてが、村上さんのこの爆弾発言によって、完全にぶち壊された。


「お前、ずっと俺たちを見てたのか?」


「そうだ。」


「じゃあ、あの“誰かが消える”っていうのは……?」


「俺が連れ去ってた。」


「……は?」


「いや、物理的に連れ去ったわけじゃないけどさ……。」


村上さんは、海を見ながら呟く。


「俺が消えた時、お前らがどう動くのか興味があったんだよ。」


「……お前、それ、遊んでただけじゃねえか!」


「違う違う。俺は、お前らの“本質”を見たかったんだよ。」


「ふざけんな!! 俺たちは……必死だったんだぞ……!!」


俺は村上さんに掴みかかろうとした。

 だが、その瞬間――


「佐藤。」


村上さんの表情が、急に真剣になった。


「お前、俺と来い。」


「……は?」


「いいから。」


俺は、妙な寒気を感じた。

 村上さんの目が、いつもと違う。

 まるで、獲物を見つけた捕食者のような……そんな目をしていた。


「ちょっと待て……何言ってんだよ?」


「お前も、気づいたんだろ?」


「何に……?」


「この旅が、もう戻れない場所まで来てることに。」


村上さんは、一歩俺に近づいた。


「もう、帰る場所なんてねえんだよ。」


「……っ!」


俺は反射的に後ずさった。

 だが、次の瞬間、村上さんの手が俺の肩を掴む。


「お前は俺が連れていく。」


「やめろ……!!」


もがく俺を、村上さんはぐっと引き寄せた。


「もう、童貞とか関係ねえんだよ。」


「何を……言って……」


「これは、新しい旅の始まりだ。」


村上さんは、不敵に笑った。


そして――俺は、村上さんに連れ去られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る