最終話「見てるよ」

 スズはずっと、ずっと考えていた。


 自分は、本当は何がしたいのだろうかと。


「あの吸血鬼と出会ったのはいつだ」


 暗く湿った部屋、椅子に縛り付けられた手足。


「一年前です」


 こんな世界で愛を育てて、何がしたかったのかと。


「何度もあの地域に調査に赴いているな。あの吸血鬼に会うためか」


「そうです」


「悪質だな」


 リンの小さく可愛い身体に痣を付ける世界。


 レンが不器用に積み上げた愛を踏みにじる世界。


「家族は知っているのか」


 聞かれ、蘇るのは、田んぼ道でのリンとの会話の一ページ。


『リンちゃん、私、好きな人が出来たの』


『ほんと⁉ 誰⁉』


『内緒だよ』


『優しい、吸血鬼の男の子』


「答えろッ!」


 何かわからない、頬への衝撃。


 頬に、大きな痣が出来た。


「知りません。誰にも、話してません」


「嘘を付くなッ!」


 衝撃。脚が震える。


 唇を噛み締め、涙を流す。


「良いことを教えてやろう」


 スズはずっと叫びたかった。言ってやりたかった。


「あの吸血鬼だがな」


 どうだ私が育てたこの愛は、こんなに綺麗だぞ、と。


 どんな規律や思想よりも、綺麗でしょ? と。


「死んだぞ」


「そう、ですか」


 呟き、脚の震えがピタリと止んだ。


 痛みに耐えられるように長く息を吐いて肌が鋼になっていく様をイメージした。


『お前たちが何もかも奪い去るつもりなら』


『もう何も奪わせない』


「吐け! 吐けッ!」


 いくら殴られても、罵倒されても、血が流れても。


 たった一つ残った、最後の宝石。


 それだけは守ると決めた。


 姉として。


「これより、吸血鬼と婚約を結んだ罪により筧スズを火焙りに処す」


 磔にされた身体をよじることもせず、ただ静かに顔を上げる。


 呆然とする父と目が合い、目を伏せる。


「お姉ちゃんっ!」


 そして、リンの泣き叫ぶ声が響く。


「ああ」


 思わず小さく零す。


『あなたは、飛んで行け』


「お姉ちゃんっ! 離して! お姉ちゃん!」


『あなたはいつか自分だけの自由を掴み取って』


「リンちゃん」


 最後の力を、振り絞った。


「見ないで」


 微笑んだ。生きていることに意味があると信じて。


 落とした。業火の中に青い炎を。


 育てた愛の行く末を、スズはずっと見ていた。


 ずっと、見ていたのだった。


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育てた愛、半分の月 渋谷楽 @teroru

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