第3話 村を滅ぼしたアンデッド達(下)|ファンタジーショート小説

「……距離500m、大きな魔力を感じます」


索敵魔法を使うヴェスパー。


「相手はモンスター?それとも人?」

「探ってみます。少しお待ちくださいシオラ様」


さらに集中する。

悪霊やゾンビを扱うのは2種類。

アンデッドの上位モンスターか、人か。

モンスターならば駆除すれば良いが、人ならばできる限り生きて連れて来い。

やったことを後悔させてやる、と指示を受けていた。


「これは、人ですね」


その言葉にノアが杖で壁を叩く。

洞窟内をどこまでも反響する音。

それは彼の怒りの大きさを示していた。

人の道を外れた外道め。



ダンジョンの奥深く、明かりが煌々と照らされた大きな部屋。

床は土を平らに整え、その上を石灰で固められており、さらに柔らかな絨毯が敷かれていた。


ベッドや水瓶など、明らかに人が生活するための物品。

それらはノアたちが入ったダンジョン入り口とは逆側、まだ誰にも知られていない別口から搬入されたもの。


「どういうことだ。私の眷属が次々と消えている」


ぎりりと奥歯を噛む初老の男性、名はコキ。

生まれ持ってレアスキルであるネクロマンサー所持していたが、人里でその力を活かす場所はない。

それどころか強い迫害を受けてきた。

死者の魂を弄ぶことは、国教で強く否定されている。


自身を否定されたコキは世を捨て人を捨てた。

そして彷徨い歩く中で、強い霊体の力を感じる洞窟を見つけた。

それがこのダンジョンである。


遥か昔、この付近には墓所があった。

そこから迷い出た無数のゴーストなどが集まり、群れを成していた。

素晴らしいと歓喜した男はそれらを従え、まずは近隣の村を襲う。


男は殺し、女は楽しんでから殺す。

金品も集めていろいろと贅沢もした。

これからは戦力を拡大して、小さな国を作る。

ネクロマンサーは軍を作れる能力であり、全くの妄想とは言えない。

実際に順調であったのだ、数日前までは。


噂は聞いたことがある。

対アンデッド特殊パーティー【墓暴きの旅団】。

まさかやつらが。


さきほど近くにあるゾンビの部屋から反応がすべて消えた。

軍隊が攻めてこない限りあり得ないことだ。

こちらは不死の軍団だったんだぞ?


その時、部屋の隅にある扉が外側から強い衝撃を受けて巨大な音を鳴らす。

まさか、もうここまで?

しかし丈夫な樫の木で作った頑丈な扉だ。

しばらく時間は稼げるはずだ、その間にこの場所から逃げられれば――。


次の瞬間扉が細かな木片に砕け散った。

その先には足を振り上げている美しい女性。


「見つけたぞ」


後ろから巨躯の男性がのそりと部屋に入り込む。

ローブを全身に纏った、呪術系の冒険者だ。

まずい、このままでは。

コキが圧倒的な戦力差を感じると同時に振り返り、なりふり構わず逃げ出す。


裏口へと通じる通路に入れば罠が仕掛けられているので、簡単には追ってこれないはず。

まだだ、まだ俺はやり直せる。

そう胸中で叫びながらコキが裏口へと手をかけた瞬間、激痛で手が弾かれた。


「逃げられるはずないだろ」


ノアの周囲に浮かぶ小さな魔法陣。

この部屋に入ると同時に周囲に簡易結界を張り、すでに閉じ込めていた。

もちろんその気になれば簡単に破壊して逃げられる。

しかしその一瞬のタイムラグ、その間にコキは始末される。


「あなたには2つ選択肢があるわ」


厚手の革靴で地面を叩きつつシオラが前に出る。


「ひとつ目は大人しくついてきて裁きを受ける。ふたつ目は」


自分とは違う圧倒的強者。

抗うことが無意味な存在。


「く、くるなああああ」


コキの言葉で壁という壁から火の玉に似たゴーストがいくつも現れシオラを襲う。

本来ならこれだけの数に憑りつかれたら生気を吸い取られ、死亡してもおかしくない。

しかし、相手が悪すぎた。


片腕を振るう。

たったその動作だけで、いつの間にかシオラが纏っていた光で霧散した。


「ふたつ目の説明は不要なようね」


スピードを速め迫るシオラ。

油断など無い。

つけ入る隙もない。

コキに残されたのは、できることは、一つだけ。


ダンジョン内の霊体をすべて集め、暴走させる。

自分だけは狙うな、命令はそれだけだ。

部屋中を埋める人間霊に動物霊。

数えることは出来ない、圧倒的な物量。

のそのそと生者が放つ光に誘われる虫のごとく3人に迫る。


「ノア、お願い」

「心得た」


お互いの技術を信頼しているふたり。

この程度のこと、苦境ですらない。


「いくらお前たちでもこの数なら!俺にさからったこと」

「解呪(ディスペル)」


コキの言葉を遮り、放たれた一つの魔法。

本来単体の霊体などを駆除する魔法。

それがこの部屋全てを浄化した。


「この数ならどうした?」


魔力を大量に消費し、さすがに疲れの見えるノア。

しかし彼の仕事はここまでだ。

あとは最強の乙女と、優秀な後方支援に任せればいい。


「こっちの選択肢は痛いわよ?」


距離を詰めたシオラ。

振り上げた拳が打ち下ろされる。

思わず手でガードしたコキ。

その二本を砕き、折れた骨が肉を突き破り露出する。


「ああぁぁぁああぎゃあえあうああ!」


言葉にならない悲鳴を上げてのたうち回る。

その男の髪を掴み、壁にたたきつけて黙らせた。


「黙らないと次は鎖骨を折るわよ」


脅しでも何でもない。

この女はためらいなく実行する。

そう理解したコキが涙目で必死に頷く。


「あとこれを噛んでなさい」


シオラが口の中に一握りの石を押し込む。

呪文でも唱えられたら面倒くさい、ただそれだけだ。


「もし吐き出したら歯を折るわよ」


まるでむしろ少し逆らえば良いのに、そう見える冷たい瞳。

この女は自分を人として見ていなかった。


「シオラ様あとはお任せください」


とててと駆け寄ったヴェスパー。

あどけない表情にシオラも少しだけ気を緩め、その場を離れた。


「暴れないでくださいね、後ろのふたり怖いですから」


縄を手に男を拘束しようと手を伸ばした。

かすかに触れたその瞬間、コキの口から全ての石が吐き出された。

理解を超越した恐れに瞳は見開かれ、驚愕に涎が垂れる。


「なんだお前は!?どうしてそんな姿を!!」


怯えふためいたコキが暴れる。

床を転がるように這い、ヴェスパーから少しでも距離を取ろうと無駄な努力をしていた。

再び壁際まで追い詰められたが、なお逃げるように壁をひっかく。


「お前人じゃないな!!」


吐き捨てたその顔面にたたき下ろされる拳。


「シオラ様が歯を折ると言いましたよね?」


ヴェスパーの拳にコキの前歯が深々と刺さっていた。

深く抉られた赤い肉から血は一筋も垂れていない。


「シオラ様の言いつけが守れないんですか?」


もう一度振り下ろされる拳。

さらに何本かの歯が刺さる。


「すいまへん!すいまへん!」


化け物に許しを懇願するコキ。

この少女は人間なんかではない。

ネクロマンサーである自分にはわかる。


この女も動く死肉である【グール】だ。


しかし聞いたことがない。

自分の意思を持ち、魔法を操り、腐ることが無い死体など。


どれほどの練度で呪いをかければこの娘のような芸術品ができるのか。

まったく想像がつかない。

そんなもの人体の創造、もう神の御業ではないか。


後ろに控えるノアを見据えた。

あの男にそんな能力が。

レベルが、いや生物としての格が違う。


「謝ってすむわけないじゃないですか」


優しく笑うヴェスパーが頭を掴む。

その力は少女のそれを超越し、頭蓋骨が軋む。


「あなたはギルドに渡す必要があるので殺せなくて残念です」


どこまでも透明でにこやかな少女の笑顔。


「ギルドに着いたら聞かれることには素直に答えてくださいね」

そうすれば優しく吊ってくれますから。


伝える表情は笑顔でありながらも、生気を感じない土塊のようだった。

それがコキが最後に見た光である。


「ただ、僕たちを見るその瞳は不愉快ですね」


ヴェスパーの親指が、コキ眼球に深々と差し込まれた。

想像を超えた痛みと、人体が欠損する恐怖に絶叫する。

そして随分入りやすくなった口にヴェスパーが石を詰めて黙らせた。


「ヴェスパーやめろ、殺すな」

「でもノアさんこいつシオラ様に酷いことを」


……酷いことをしたのは彼女なのでは。

突っ込みたくなったがそこはぐっとこらえた。


「リーダーのいうことは聞きなさい」

「はーいシオラ様」


理解したのか飽きたのか。

すでに痛みで気絶しているコキを締め上げて引きずってきた。




数日ぶりに見た太陽が眩しすぎてモグラにでもなった気持ちだ。

ようやく街へ戻り、ギルドに罪人を引き渡すことができた。

ノアとシオラが大通りをやれやれと歩く。

明るくて暖かくて、何も心配せず歩けることがこんなにも楽しいとは。

ダンジョンから帰る度に実感する。


「ノアさん!シオラ様!」


遠くから手を振り駆け寄ってくるヴェスパー。

彼女は生きていない。

それゆえにギルドに加入することはできず、パーティーの正式なメンバーではない。

死人故に感じ取れる人からは忌避される為、出入りすらも禁止されている。


「終わりました?もう全部終わりました?」

「ああ、終わった」


ぴょんぴょん跳ねるヴェスパーにノアが小袋を渡す。

数カ月は遊べるだろう金貨が入っていた。


「今回もヴェスパーのお陰で安全に仕事ができたわ、ありがとう」


よしよしとヴェスパーを撫でる。


「えへへーシオラ様ありがとうございます」


緊張から解放された少女はさらに幼くなっていた。

そんなやり取りを微笑ましそうに見つめるノア。

この女の子が死んでいるなんて誰が信じるだろうか。


「ならまたな。仕事が入ったら連絡する」


手を上げノアが去っていく。

残された女性二人。

ローブを纏った風体からヴェスパーのマスターは、ノアだといつも勘違いされる。

しかしそうではなかった。


聖職者だったシオラがなぜ死体を使役するのか。

なぜレアスキルのネクロマンサーを所持しているのか。

長い付き合いのノアすら知らないが、教会を追い出されていることに関係するのだろう。


優秀な仲間達には違いないので、踏み込まないようにしている。

寝ずに、食わずに、文句を言わない働き者は失うには惜しすぎるのだ。

対アンデッド最強戦力は言わずもながらだ。


「シオラお姉様!服を見に行きましょう!お姉様はもっとおしゃれすべきです!」

「えー。ヴェスパーが選ぶの全部ひらひらしてるし」

「ギャップです!それが良いんです」

「仕方ないわね」


背中から聞こえる声にノアは声を出して笑った。

オフのふたりはどこか姉妹に見えた。


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村を滅ぼしたアンデッド達|異世界ファンタジー 岡山みこと @okayamamikoto

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