第2話 村を滅ぼしたアンデッド達(中)|ファンタジーショート小説

ダンジョンを歩く、歩く、歩く。


未発見だった場所の地図などあるはずがなく、奥がどれほど深いか分からぬ洞窟を進む。

罠に注意し、分かれ道があれば歩数から距離を計算してマップを更新する。


ダンジョンに入り3日目。

実際に進んだ距離は普通に歩けば1時間にも満たないだろう。

未踏破のダンジョンとはそれほど危険なものなのだ。


ヴェスパーは探索魔法で罠を探しつつ、索敵魔法も発動する。

その集中が切れぬよう休憩の頻度が高くなるのも、遅くなる要因。

戦闘が発生するまでは後方支援職の負荷は非常に重く、何より重要だ。

花形である剣士や魔法使いより、高い給与を得る者も多いほどである。


墓暴きの旅団はBクラスであるが、ヴェスパー個人でいうとAクラス相当の腕前であり、マニアックなパーティーに埋もれていい冒険者ではない。


「ノアさん、シオラ様」


そのヴェスパーの努力が実を結んだ。

少し先に30程のモンスター反応を察知。


「見つけたのか?」

「はい、ノアさん。

 この先、数……32人。グールと思われます」


その言葉に戦闘職の2人が黙り込む。


「……助けられなかったわね」

「ああ、せめて早く楽にしてやろう」


腐った死体であるグール、原材料は考えるまでもない。


「俺が解呪(ディスペル)でやろうか?」


その言葉をシオラが制止する。


「それだけ魔法を使えば魔力も枯渇するでしょ。

 得策じゃないわ」


長い髪をもう一度結びなおし、手甲同士をぶつけて音を鳴らす。


「それに私はもう3日も仕事してないわ。少しは労働しなきゃ」


不敵に笑い、歩みを進める。


「シオラ様、この先に罠はありません」

「そう、ご苦労様ヴェスパー」


墓暴きの旅団の最高火力であり、最強戦力。

アンデッドの仇、聖教会の矛、神の代理者、純白の戦乙女。

与えられた二つ名は数知れず。

教会は全てをまとめてこう呼んだ。


親愛なる貴方ゴミクズの天敵シオラ。


巫女から冒険者に身を落としたとはいえ、その名がくすむことはない。


「さあ、祈りなさい。急がないと塵になるわよ」


洞窟を大股で歩く。

手甲のみならず、簡素な旅人の服も淡く発光している。

ずんずんずんずん進む彼女の後に残る燐光の道。

やがて広めの部屋にたどり着く。


異臭を超えた悪臭。

悪臭を超えた死臭。

村人が最後に辿り着いた臭い。


「人の死を、尊厳を踏みにじることは私が許さない」


部屋中に山のように積み重なった死体。

数は100を超えるだろう。

その中から32人が立ち上がる。

どれだけの眷属を従えられるかはネクロマンサーの力量で決まる。

ここのクソ野郎の限界はこれらしい。


「私の足を止めるには桁が足りないわ」


のそりと動く死体。

グールは腐った死体の為、スピードや力は人間に比べて低い。

しかし燃やし尽くすか、擦り潰すか、何かしらの手段で世から形を消さない限り止まらない。

数で攻めてくる弱いが厄介な敵。


そのグールが近づき、シオラに手を伸ばす。

爪が落ち、骨が露出した指先。

生者を羨ましそうに呻きながらそれがシオラに触れる。

否、彼女が放つ燐光が妨げとなり届かない。

悪鬼が天使を汚すことはできないのだ。


「楽に、してあげる」


腰だめの拳が音を置き去りにグールの顔を穿つ。

殴るなんて優しい物ではない。

体内から爆殺されたかのように砕け、肉片となる頭部。


主を失った首から血の噴水が咲き誇る。

シオラに降り注ぐが、それすらも彼女の光に阻まれた。

彼女の純白が黒に染まることはあり得ない。

次々に繰り出される拳。

的確に頭部のみを狙い、痛みと苦しみを感じる前に天に送る。


10体ほど駆除した時、一体のグールが高所からシオラへ落ちてきた。

恰幅の良い男性の死体。

自分より圧倒的に大きな重さ。


数瞬止まった足に何人ものグールが絡みつく。

爪を立て、牙を立て、肉を貪ろうと襲い来る。

むろんそれは届かない。


「……なんて姿」


哀れみに似た同情。

シオラはなんら本気を出していない。

呼吸をするようにあふれる聖力が周りに漂っている。

それだけだ。


群がるグールを両手で引き寄せまとめて抱きしめた。

光が乗り移り、木灰の様に崩れ、足元に山となる。


「私の前に並びなさい」


勢いが増したシオラが全てを助けるのにそう時間はかからなかった。

広い部屋の地面は、灰と血が混ざった粘り気のある何かに埋め尽くされている。

その中を一雫の汚れもない純白が歩いて来た。


「シオラ様お疲れ様でした」


ヴェスパーが両手を取り出迎えた。

ノアも小さく頷いて功労を称える。

アンデッドと戦うことは体力以上に精神を消耗するのだ。

かつて人間だったもの。


それが人の原型を止めたまま襲い来る。

これだけは幾ら経験を積んでも慣れることはなかった。

シオラが進んで行うのは救いの為、それだけだ。


「さあ、先に行きましょう。クソ野郎の首をもぐわよ」


怒りに満ちたその顔に、ノアはもう一度頷いた。

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