中間管理職魔王バーミアン

真花

中間管理職魔王バーミアン

 俺だって最初はやる気に満ちていたよ。魔物として生まれたからには最強を目指すのは当たり前だと思っていたし、たくさん修行して力を蓄えたし、魔法だってかなり覚えた。でも限界は俺じゃない方にあった。大魔王ジョナサン様に会ったとき、ああこの壁は永久に超えられないって一瞬で悟った。軍門に降って、魔王軍として生きる道を選んだ。怖かったからってのもある。その力に心酔したってのもある。でも一番しっくり来るのは生き残るための選択って奴だ。懸命に働いたよ。汚い仕事も進んでやった。ラッキーな簡単な仕事もあったけど、わりかし難しい案件が多かった。そしてついに、魔王になった。魔王って言っても大魔王様の部下だ。地上のいち地域の侵攻の拠点の主だ。俺が担当になったのは日本の香川県だ。大体ひと県にひとり魔王がいる。同期の魔王ガストは秋田県だし、後輩の魔王サイゼは熊本県が担当だ。

 香川県の山奥に魔王城がある。どこかは言えない。そこから香川に発生した勇者を駆除するのが俺と俺の軍団の仕事だ。毎日毎日そればかりを繰り返している。

 ため息が出る。

 玉座に座って報告を受け、指示を飛ばす。

「バーミアン様、今週は七人の勇者が発生しました」

「七人か、……多いよ。最近、増える速度上がってない?」

 軍団長の大悪魔ココスが、そんなこと俺に言われても、と言った苦笑いをする。

「まだ駆除する速度の方が速いかと」

「そんなこと言ってこの前、俺のところまで勇者来ちゃったじゃん。なんとか倒したけど、あんなこと何回もしたくないし」

 俺はそのときに負った腕の傷をさすって見せる。魔法でもう治ってはいるが。ココスはまた苦い顔をする。

「最大の力を持って、早期の駆除を行います」

「頼むよ。ここを突破されたら魔界に行かれちゃうんだからね。大魔王様の手を煩わせることになったら、大変なことだよ」

「重々承知しています」

「ん。下がってよろしい」

「はっ」

 ココスの背中は、お前の愚痴を聞くために軍団長やってんじゃねーよ、と言っていた。ちょっとぐらいいいじゃん。……マジでしんどい。週七人って、一日一人の計算だよ? 月曜日の勇者から始まって日曜日の勇者までいて、休日なしじゃん。と言うかそもそも勇者どもは土日関係なく冒険しやがるからこっちは休む間がない。君たちは好きでやっているのかも知れないけど、こっちは仕事なの。分かっているのかな。今度魔王城は土日は対応しませんって看板貼って、香川県庁にも宣言の書簡を送ってみるかな。……無駄か。勇者はそんなこと無視する。あいつら使命感よりも楽しんでやってるんじゃないのか。その方が能率がいいのは分かるけど対応する側の身にもなって欲しい。

 ルルル、とベルが鳴った。大魔王様からのホットラインと言う名の内線だ。

「はいバーミアンです」

「おう。気張ってやってるか?」

「はい。それはもう。今週は七人の勇者を退治する予定です」

「この前お前のところまで迫られたようだな。突破されるなんてことはないようにしろよ」

「はい。もちろんです」

「昨日、ガストが突破されて、こっちにまで勇者が流れ込んで来たんだ。全部倒したが、なかなか面倒だったからな。ガストは復活させといた。お前も同じにはなるなよ」

「はい。気張ります」

「絶対に負けるなよ」

「……はい。頑張ります」

「頑張るんじゃなくて、結果を出せ」

「結果を出します」

「おう。じゃあまたな」

「失礼します」

 結果って、勇者に勝つことを繰り返し続けることだから、いつが期日か分からないし多分ない。胃がキリキリする。ここのところ胃薬の世話になりっぱなしだ。何か胃に出来ているんじゃないのか。どうして胃ってのは痛むだけで全身がやられたようなダメージを喰らうのだろう。絶対顔色青い。

 玉座から見る景色も最初に座ったときには壮観だと胸を踊らせたけど、今はここに座り続ければ座り続けるだけ、俺の身を蝕む期間が伸びるって思えてしまって、全然よく見えない。むしろ早くこの景色とオサラバしたい。そんな日が来るのだろうか。勇者に負けても復活させられてまたここに座るだろうし、勇者が発生しなくなると言うこともないだろう。結局、魔王軍の侵攻が完了するか、完全に魔界に撤退するかと言った極端な未来以外の、その間にある全ての可能性では、俺はずっとここに座り続ける。誰か和睦とか計ってくれないかな。仕事だって割り切ったって、戦い続けるのはきついししんどい。

 ああ、胃が痛い。薬、薬。

 玉座の間のドアがバタンと音を立てて開いた。そこには人間が四人。勇者達だ。

「勇者ロイホとその仲間、見参! 魔王バーミアン、覚悟!」

 勇者もその仲間もギラリと殺気を尖らせて、今にも襲いかかって来そうだ。俺は両手を前に突き出し思いっ切り振る。

「いや、ちょっと待って。胃薬を飲む間だけ、待って」

「問答無用」

「いや、卑怯じゃない? こっちにも準備ってものがあるでしょ? 正々堂々と戦いたいでしょ?」

「勝てばいい」

「分かった。気持ちは分かったから、ちゃんと相手するから、一分だけ、ね? お薬ごっくんするだけだから、ね?」

 勇者はやっと少し困惑して、仲間の顔を見る。年嵩の行った魔法使いらしき者が小声で何かを言った。

「じゃあ、一分だけだぞ」

「かたじけない」

 俺は懐から胃薬の瓶を出して二錠を口に含み、水を飲む。一分じゃ効かないけど、そのうちよくなるだろう。はあ。ため息が出る。これが中間管理職と言う奴だ。誰か俺の背中を見てくれている奴はいるのだろうか。このまま使い潰されていくだけなのだろうか。こいつら片付けたら今日は店じまいにして、奥の部屋でRPGをやりたい。もちろん勇者に俺はなって、きっと魔王も大魔王も倒すんだ。

 ここでは魔王が勝つけどな。


(了)

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