第12話 久遠先輩は、変わらずそこにいた
その日は、最初から落ち着かなかった。
理由は、はっきりしている。
昼休み、校内放送で流れた一言。
『本日放課後、生徒会より各文化部の活動状況確認を行います』
それだけのアナウンスなのに、
胸の奥が、ざわついた。
文芸部。
活動実績は、ほぼゼロ。
部員は、俺と桜庭、そして最近は幼なじみが顔を出す程度。
――確認、ね。
嫌な予感は、だいたい当たる。
*
放課後。
文芸部のドアを開けると、
すでに二人が来ていた。
「こんにちは、先輩」
桜庭しおり。
今日は、少しだけ緊張した表情。
「なんか、落ち着かないね」
幼なじみも、
いつもの軽さがない。
「ああ」
俺は頷く。
「生徒会、来るかもしれない」
「……それって」
幼なじみが、言葉を濁す。
「部の存続、とか?」
「可能性は、ある」
沈黙。
桜庭が、静かに口を開く。
「……もし、そうなったら」
視線が、俺に向く。
「先輩は、どうしますか?」
この質問は、
前話したときと、似ていた。
でも。
俺は、もう違う答えを持っている。
「……守る」
即答だった。
「簡単じゃないけど」
一度、息を吸う。
「それでも、
なくなる理由には、ならない」
桜庭は、
ほっとしたように微笑んだ。
幼なじみは、
少しだけ、誇らしそうな顔をした。
*
ノック音。
控えめで、でも迷いのない音。
ドアが開く。
「失礼します」
その声を聞いた瞬間。
時間が、
一気に巻き戻った気がした。
黒髪。
背筋の伸びた姿勢。
落ち着いた声。
――久遠先輩。
生徒会長。
そして。
俺が、一年のとき、
文芸部の部長だった人。
「……久遠、先輩」
思わず、声が漏れる。
彼女は、
こちらを見て、少しだけ目を見開いた。
「……あら」
すぐに、
柔らかく微笑む。
「久しぶりね」
その笑顔は、
記憶の中と、まったく同じだった。
*
「活動状況の確認に来ました」
形式的な言葉。
でも、声は優しい。
「ここが……文芸部ね」
部室を見回す。
本棚。
机。
古い部誌。
「ちゃんと、残ってる」
懐かしそうに言う。
俺の喉が、少しだけ詰まる。
「……はい」
それしか言えなかった。
「部員は?」
「現在、三名です」
久遠先輩は、
桜庭と幼なじみを見る。
「こんにちは」
二人とも、
少し緊張した様子で挨拶する。
「こんにちは……」
桜庭の声が、少しだけ上ずる。
幼なじみは、
久遠先輩をまじまじと見ていた。
*
「あなたが」
久遠先輩は、
俺に視線を戻す。
「部を、続けてくれてるのね」
その言葉が、
胸に深く刺さる。
「……はい」
「ありがとう」
短い言葉。
でも。
それだけで、
報われた気がした。
「一年のとき」
久遠先輩は、少しだけ遠くを見る。
「あなた、
誰よりも真面目に書いてた」
覚えていてくれた。
「部活がなくなるかも、って時も」
微笑む。
「最後まで、
残ろうとしてた」
胸が、
ぎゅっと締めつけられる。
あの頃。
先輩がいたから、
書けた。
先輩がいたから、
続けられた。
「……先輩」
声が、少し震える。
「俺」
言いかけて、
言葉を止める。
言わなくていい。
これは、
憧れのままでいい。
*
「安心したわ」
久遠先輩は、そう言った。
「文芸部、
ちゃんと、生きてる」
桜庭が、
そっと口を開く。
「先輩が、
守ってくれています」
俺を見る。
「ずっと」
久遠先輩は、
それを聞いて、少し驚いた顔をする。
「……そう」
そして、
優しく微笑んだ。
「変わらないのね」
その言葉は、
褒め言葉であり、
過去形でもあった。
*
「活動状況としては」
久遠先輩は、
生徒会長の顔に戻る。
「問題ありません」
二人が、ほっと息を吐く。
「ただし」
少しだけ、間。
「これからも、
ちゃんと書き続けること」
「……はい」
「期待しています」
そう言って、
ドアに向かう。
立ち去る前。
久遠先輩は、
ふと思い出したように言った。
「そうだ」
「?」
「今度、
彼と一緒に、
文化祭、見に来る予定なの」
さらりと。
でも、
はっきりと。
「そのとき、
また、寄らせてもらうわ」
彼。
家族ぐるみで付き合っている、
恋人。
胸の奥が、
少しだけ、ちくっとした。
でも。
それは、
痛みじゃない。
ちゃんと、
終わっている感情だった。
「……はい」
それで、十分だった。
*
久遠先輩が去ったあと。
部室は、
しばらく静まり返っていた。
「……すごい人だね」
幼なじみが、ぽつりと言う。
「うん」
桜庭も、頷く。
「先輩の……
原点ですね」
「……まあな」
否定しなかった。
でも。
視線を、
今いる二人に向ける。
過去は、過去。
今、俺の前にいるのは。
「……戻ってこないんだね」
幼なじみが、
小さく言う。
「戻らない」
俺は、はっきり答えた。
「だから」
一度、息を吸う。
「前に進める」
桜庭が、
静かに微笑んだ。
幼なじみも、
少しだけ、肩の力を抜いた。
*
久遠先輩は、
俺の憧れだった。
今も、
尊敬している。
でも。
恋では、ない。
文芸部を守ってきた理由は、
確かに、彼女だった。
でも。
これから守る理由は、
ここにいる二人だ。
それに気づけた。
だから。
この部活は、
まだ、続いていく。
俺と美少女転校生だけの文芸部を、
幼なじみがやけに覗いてくる――
その物語は、
過去を越えて、
次の章に進もうとしていた。
第12話 久遠先輩は、変わらずそこにいた
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