第11話 俺は、選ばれているらしい




 文芸部のドアを開けると、

 珍しく、二人ともいた。


「こんにちは、先輩」


 桜庭しおり。

 窓際の席。


「よっ」


 幼なじみ。

 いつもの場所。


 ……空気が、少しだけ違う。


「今日は、にぎやかだな」


 そう言うと、

 二人とも、微妙な反応をした。


「たまたま、時間が合って」


 桜庭は、そう言って微笑む。


「たまたまねー」


 幼なじみは、

 やけに軽い。


 でも。


 視線が、

 一瞬だけ、交錯した。


 *


 机を挟んで、三人。


 俺は原稿を開く。


「先輩、今日は何を書いてるんですか?」


「短編」


「読んでもいいですか?」


「まあ」


 桜庭が、身を乗り出す。


 近い。


 ……近いな。


「……」


 幼なじみが、

 咳払いをする。


「それ、私も読んでいい?」


「あ、ああ」


 原稿が、

 二人の間を行き来する。


 視線が、

 自然と俺に集まる。


 ……なんだこれ。


 *


 しばらくして。


「先輩」


 桜庭が言う。


「この表現、好きです」


「……どこが?」


「主人公が、

 誰かの居場所になろうとするところ」


 胸が、

 少しだけざわつく。


「……よく分かるな」


「はい」


 真っ直ぐな目。


「先輩は、

 そういう人ですから」


 言い切られて、

 言葉に詰まる。


「……」


「ちょっと待って」


 幼なじみが、

 割り込む。


「それ、本人の前で言う?」


「事実ですから」


「……ずるい」


 小さく、呟く。


 でも、聞こえた。


 *


「なあ」


 俺は、二人を見る。


「最近さ」


 言葉を選ぶ。


「なんで、

 文芸部に来るんだ?」


 沈黙。


 最初に口を開いたのは、

 桜庭だった。


「ここが、好きだからです」


 即答。


「先輩が、いるから」


 迷いがない。


 胸が、

 どくんと鳴る。


「……」


 幼なじみは、

 少しだけ、視線を逸らす。


「私は」


 一拍置いて。


「昔から、ここにいるでしょ」


「それ、理由になってない」


「……なるの!」


 少し、強い口調。


「私が、

 ここに来る理由は」


 言葉を探す。


「……あんたが、いるから」


 短く、

 でも、確かに。


 部室の空気が、

 張りつめる。


 *


 その瞬間。


 ようやく、

 気づいた。


 俺は。


 二人にとって、

 「中心」にいる。


 文芸部という場所の、

 中心。


 それは。


 偶然じゃない。


「……俺さ」


 声が、少しだけ低くなる。


「そんなに、

 大した人間じゃないぞ」


「知ってます」


 桜庭が、微笑む。


「だから、いいんです」


「……」


「大した人間じゃないところが、

 好き」


 さらっと言う。


 幼なじみが、

 小さく息を飲む。


「……それ、反則」


「先に言ったほうが、

 正直なだけです」


 静かな火花。


 *


「……参ったな」


 俺は、頭をかく。


 今まで。


 文芸部を守る理由は、

 久遠先輩だった。


 でも。


 いつの間にか。


 理由は、

 増えていた。


 しかも。


 二人とも、

 俺を選んでいる。


 逃げ場が、

 なくなり始めている。


「ねえ」


 幼なじみが言う。


「無理に、答え出さなくていいから」


「……」


「でも」


 一歩、近づく。


「ちゃんと、

 見てて」


 その言葉は、

 静かで、重い。


 桜庭も、

 頷く。


「はい」


「私も」


 短いけれど、

 同じ意味。


 *


 その日の帰り。


 一人で歩きながら、

 考える。


 俺は、

 選んでいない。


 でも。


 確実に、

 選ばれている。


 それに気づいてしまった以上。


 もう、

 何もなかったふりは、できない。


 文芸部は、

 ただの部活じゃない。


 ここは。


 感情が、

 交差する場所だ。


 そして俺は、

 その真ん中に、立っている。


 ……厄介だ。


 でも。


 悪くない、

 とも思ってしまった。






第11話 俺は、選ばれているらしい

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