第29話 守られた人が、壊れる

午前。

第一企画部・会議室。

是正案件の

フォローアップ面談。

対象者は、

以前トラブルの当事者となった社員――

松井。

書類上、問題はすべて解決している。

再発防止策も実装済み。

評価シートも、基準通り。

「守られた」

はずだった。

松井は、

椅子に浅く腰かけている。

背中が、

以前より丸い。

佐伯ミナは、

向かいに座り、

記録端末を置いた。

佐伯

「本日の面談は」

「是正後の業務状況確認です」

形式的な声。

松井

「……はい」

視線が、合わない。

佐伯

「現在の業務量について」

「過不足はありますか」

松井

「……ありません」

即答。

だが、声が低い。

佐伯

「配置変更後の業務内容について」

「理解不足の点は」

松井

「……大丈夫です」

沈黙。

“問題なし”が、

重なりすぎている。

佐伯

「自己評価を、伺ってもよろしいですか」

松井

「……自己評価、ですか」

佐伯

「はい」

松井は、

少し考える。

長い沈黙。

松井

「……正直」

「自信、なくなりました」

初めて、

本音が出た。

佐伯

「どの点で」

松井

「……全部、です」

言葉が、

崩れ落ちる。

松井

「俺、問題社員だったんですよね」

「だから……」

「守られたんですよね」

佐伯

「“問題社員”という評価は」

「公式には存在しません」

即答。

松井

「でも……」

「制度が、動いたじゃないですか」

佐伯

「事実確認と是正です」

松井

「それって……」

「俺一人じゃ、ダメだったってことですよね」

佐伯は、

一拍置く。

否定しない。

佐伯

「制度は」

「能力を評価しません」

松井

「……え」

佐伯

「制度が扱うのは」

「行為と、環境です」

佐伯

「個人の価値や」

「耐久力は」

「評価対象ではありません」

松井

「……でも」

松井

「俺は……」

「守られた側、ですよね」

佐伯

「はい」

認める。

松井の肩が、

わずかに落ちる。

松井

「……情けないですね」

佐伯

「感想です」

松井

「え?」

佐伯

「それは、事実ではありません」

「あなた自身の評価です」

松井

「……違いますか」

佐伯

「はい」

松井

「……でも」

「もう、前みたいに」

「自分を信用できない」

沈黙。

会議室の空調音だけが、

一定に鳴る。

佐伯は、

端末を閉じた。

佐伯

「確認します」

松井

「……はい」

佐伯

「あなたは」

「守られたことによって」

「自信を失いました」

松井

「……はい」

佐伯

「この結果は」

「是正の副作用です」

松井

「……副作用」

佐伯

「はい」

佐伯

「是正は」

「常に、最適解ではありません」

松井

「……じゃあ」

「どうすれば、よかったんですか」

佐伯

「それは」

「私の判断範囲外です」

松井

「……」

佐伯

「制度は」

「あなたを守りました」

佐伯

「しかし」

「あなたの自尊までは」

「保証しません」

松井

「……残酷ですね」

佐伯

「事実です」

松井は、

小さく笑った。

松井

「……分かりました」

松井

「俺、しばらく」

「一人でやってみます」

佐伯

「承知しました」

引き止めない。

松井

「……ありがとうございました」

佐伯

「こちらこそ」

面談終了。

松井は、

立ち上がる。

去り際、

一度だけ振り返った。

松井

「……助けてくれたこと」

「間違いじゃない、ですよね」

佐伯

「間違いではありません」

松井

「……」

佐伯

「ただし」

「代償は、ありました」

松井は、

何も言わず、出ていった。

ナレーション

正義は、

人を守る。

だが、

人の自信まで

同時に守れるとは限らない。

制度は、

最適解を選ぶ。

しかし、

幸福を保証しない。

ここは、コミュニケーション許可局。

佐伯ミナは今日、

「守ること」が

常に正しいわけではないと、

記録に残さなかった。

ただ、

副作用が存在した事実だけを、

静かに理解した。

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