第3話 コエカ●マリン、空を舞う!
翌朝、俺を揺り起こしたのは、屋根裏の天窓から差し込む暴力的なまでに輝かしい朝日と、鼻先をくすぐる銀色の髪の感触だった。
「ん……シズリス、お前いつまでくっついてんだよ」 「おはようございます、カナデさん。朝から良質な『寝ぼけエネルギー』をありがとうございますぅ」
俺の胸の上で丸まっていたシズリスが、猫のように伸びをしながら宙に浮く。 昨夜、この世界の仕組みを聞いた時の不安が嘘のように、窓の外には平和な村の風景が広がっていた。
「カナデ様、おはようございます! 昨日の約束、子供たちはもう広場に集まってますよ?」
階下からアルトの明るい声が響く。そうだ、昨日の夕食の時、村の子供たちに何か「面白いもの」を見せてやると約束したんだった。俺は軽く身なりを整え、屋根裏を降りた。
村の広場には、十数人の子供たちが集まっていた。 皆、着古した服を着て、頬は少しこけている。だが、彼らの瞳には、昨日村を救ったという「賢者様」への純粋な好奇心と期待が溢れていた。
「わぁ……本当に変な服着てる!」 「お兄ちゃん、本当に魔王軍をやっつけたの?」
子供たちの期待の視線を感じるだけで、右手がじんじりと熱くなる。シズリスが言っていた「アンテナ」としての機能は、どうやら正常に作動しているらしい。
「ああ、約束通り面白いものを見せてやるよ。シズリス、準備はいいか?」 「いつでもどうぞぉ。たっぷり食べて蓄えておきましたから!」
シズリスが空中で指を鳴らす。俺は脳内のアーカイブから、一番「楽しくて、平和な」記憶をサルベージした。
「出ろ……『コエカタマリン』!」
俺の手の中に、一本の小瓶が現れた。俺は一気にその液体を煽る。喉の奥がカッと熱くなり、声帯がこれまでにないほど振動を求める。俺は大きく息を吸い込み、空に向かって叫んだ。
「ワーーーッ!!」
次の瞬間、俺の口から飛び出したのは「音」だけではなかった。 アクリルのような質感で固まった**『ワ』**という巨大な文字が、物理的な物体として空中に突き出したのだ。
「ええええっ!? 字が浮いてる!」 「すごい、触れるよこれ!」
子供たちが歓声を上げ、固まった文字に飛びつく。 俺はさらに叫んだ。「飛べ!」「遊べ!」。 広場には次々と文字が実体化し、子供たちはその上に乗ったり、ジャンプしたりして遊び始めた。
「すごい……カナデ様。こんなに子供たちの笑い声が響くなんて、何ヶ月ぶりでしょう……」
アルトが隣で、瞳を潤ませながら呟く。 その瞬間、俺の右手に、これまでにないほど「澄んだ熱」が流れ込んできた。それは、絶望による祈りではなく、純粋な喜びから生じたエネルギーだった。
だが――その幸せな時間は、突如として断ち切られた。
ヒュオオオオオッ!!
不快な金属音と共に、街道の先から黒い砂煙が舞い上がった。村の入り口を守っていた村人たちが、悲鳴を上げながら逃げ込んでくる。
「来、来た……! 徴収官だ!!」
子供たちの顔から一瞬で血の気が引いた。実体化していた文字たちが、彼らの恐怖に反応するようにパリンと砕け散る。 現れたのは、昨日俺が倒した騎士よりも一回り巨大な、漆黒の馬に跨った男だった。男は全身を甲冑で固め、顔は不気味な仮面で覆われている。
「……ほう。この枯れ果てた村から、これほど良質なエネルギーが検知されるとはな」
徴収官の声は、まるで墓石を擦り合わせたような冷酷な響きだった。彼は広場に集まった人々を、まるで刈り取りを待つ小麦でも見るかのように冷たく見下ろした。
「やはり、良質なエネルギーだな。喜べ。私がすべて、適切に回収してやろう」
男が右手をかざすと、その掌に禍々しい紫色の光が収束し始めた。彼らにとって、人々の心に宿る熱量は、単なる「資源」に過ぎない。溢れ出た喜びも、追い詰められた絶望も、すべてが彼らの糧として吸い取られていく。
「やめて……! 助けて、カナデ様!!」
アルトの悲鳴。子供たちの絶望。 その瞬間、俺の中にあった「澄んだ熱」が、ドロドロとした暗く重い「怒り」へと変質した。
「……待てよ。そいつから手を離せ」
俺は震える足で、徴収官の前に立ちふさがった。 脳裏でシズリスの声が弾む。 『いいですよぉ、カナデさん! 今、最高にエネルギーが昂っています!』
俺は喉が破れるほどの勢いで、徴収官に向けて叫んだ。
「ドーーーーン!!!」
放たれたのは、先ほどまでの透明な文字ではない。 怒りに燃える俺の感情を反映した、鋼鉄よりも硬く、燃えるような紅い色の巨大な**『ド』**の文字。 それは音速を超え、物理的な弾丸となって徴収官に直撃した。
「なっ……!? ぐあああああっ!!」
漆黒の馬ごと、徴収官が後方へ吹き飛ぶ。 俺は止まらない。一歩、また一歩と踏み出しながら、言葉を弾丸に変えて放ち続ける。
「帰れ!」「二度と来るな!!」
『カエレ』『ニドトクルナ』。 物理化した言葉の連打が、徴収官の精鋭騎士たちを次々と粉砕していく。 ドラ●もんの知識という「空想」と、人々の感情から転換された「エネルギー」が、異世界の理を力ずくで書き換えていく。
徴収官がボロボロになった甲冑を引きずりながら、部下たちと共に退却していくのを見送り、俺はその場に膝をついた。 喉がヒリヒリと痛み、体中の力が抜けていく。
「……カナデ様!」 アルトが駆け寄り、俺の体を支えてくれる。
「助かった……本当に助かりました」 「お兄ちゃん、かっこよかった!!」
村人たちの歓声が広場に響き渡る。 俺は、アルトの温かな肩の感触に寄りかかりながら、荒い息を整えた。 とりあえず、今はこれでいい。この笑顔を守れたのなら。
シズリスも、今は何も言わずに俺の肩に座り、村人たちの喜びを静かに「吸収」していた。 アルトの流した安堵の涙の温かさ。 それだけが、今の俺にとっての唯一の現実だった。
空想具現化チート! 〜22世紀の夢(アーカイブ)で絶望異世界を救います〜 @powder01
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