第13話
西の火山地帯、最深部『焦熱の座』。 そこは、呼吸をするだけで肺が焼けるような灼熱地獄だった。
「グオオオオオオオオッ!!」
眼前に聳(そび)え立つのは、山のように巨大な『古の炎龍(イグニス・ドラゴ)』。 第5の秘宝『紅蓮の心臓』を体内宿した、生ける災害だ。 本来なら、国中の精鋭を集めて挑むべき相手。 だが、今の「俺たち」ならやれる。
「――ガルド、正面だ。ブレスが来るぞ」
俺は独り言を呟きながら、焼け爛れた大地を駆ける。 龍が顎(あぎと)を開き、全てを灰にする火炎の奔流を吐き出す。 俺の足の遅さでは回避不能だ。
『へっ、ビビってんじゃねえよリーダー! 俺の背中に隠れてな!』
幻覚のガルドが、巨大な盾を構えて俺の前に立つ。 もちろん、物理的な盾などない。炎は素通りしてくる。 だが、俺は迷わずそこへ飛び込んだ。 同時に、第2の秘宝『氷結の鏡』を展開する。
ジュウウウウウッ!! 鏡から溢れる冷気が炎を相殺し、白い蒸気が爆発する。 タイミングは完璧だ。ガルドが「今だ!」と叫んだタイミングと、コンマ一秒もズレていない。
『ナイス防御! じゃあ次は私の番ね!』 ミナの声が頭上から降ってくる。 『右の翼、鱗が剥がれてるよ! そこが弱点!』
「了解だ、ミナ」 俺は蒸気の中を走り抜ける。 視界は悪い。だが、ミナが指差している場所が、俺の網膜には赤いマーカーのように光って見えている(もちろん、幻覚だ)。
龍が巨大な尻尾を振り回す。 風切り音だけで鼓膜が破れそうだ。 俺は見向きもしない。
『しゃがんで!』
ミナの叫び声に従い、俺は泥臭く地面に這いつくばる。 ゴウッ!! 頭上数センチを、致死の質量の尻尾が通過していく。 俺の動体視力では反応できなかった。だが、ミナの声に従えば当たらない。 俺は彼女を信じている。死んでしまった彼女のほうが、生身の俺よりもよっぽど頼りになる。
「はぁ……はぁ……ッ!」 俺は立ち上がり、杖を構える。 龍が苛立ち、咆哮を上げて突進してくる。 そのプレッシャーは絶大だ。普通の人間なら、恐怖で足がすくんで動けなくなるだろう。
だが、俺の背中には、温かい手が添えられている。
『大丈夫。落ち着いて、アルヴィン』 エリスの声だ。 『貴方の魔力構成は完璧よ。私がサポートするから、最大出力で撃って』
「ああ……頼む、エリス」 俺は目を閉じ、意識を集中する。 恐怖はない。孤独もない。 俺の周りには、最強のパーティがいる。
(ガルドが前線を支え、ミナが敵を撹乱し、エリスが俺を守っている) (なら、俺がやるべきことは一つだ)
俺は目を見開き、壊死して動かない右腕ごと杖を突き出す。
「食らえ……ッ! 『アブソリュート・ゼロ(絶対零度)』!!」
俺の全魔力と、『氷結の鏡』の全エネルギーを乗せた一撃。 極大の氷の槍が、龍の弱点――ミナが教えてくれた翼の付け根――へ突き刺さる。
「ギャアアアアアアッ!?」
龍が悲鳴を上げ、体勢を崩す。 だが、まだ倒れない。怒り狂った龍が、最後の力を振り絞って噛み付こうとしてくる。 距離が近すぎる。魔法の再装填(リロード)は間に合わない。
「死ねぇぇぇ!!」
俺は左手で、懐から『嘆きの聖杯』を取り出した。 第1の秘宝。恋人の血を吸った呪いのアイテム。 俺はそれを、迫り来る龍の口の中へ放り込んだ。
「――呪い殺せ、エリス!」
バクン。 龍が聖杯ごと俺を食らおうとした瞬間。 龍の動きがピタリと止まった。
ゴボッ……ゴボボボ……。 龍の喉から、黒い泥のようなものが溢れ出す。 聖杯の呪いだ。愛する者の命を奪った代償として、触れた者の生命力を根こそぎ奪う怨念の泥。
「ガ……ル……ル……」 龍の瞳から光が消えていく。 巨体がゆっくりと傾き――ズズゥン!! 地響きと共に、火山そのものを揺らして倒れ伏した。
静寂。 溶岩の弾ける音だけが響く。
俺は膝から崩れ落ちた。 全身が焼けるように痛い。髪は焦げ、服はボロボロだ。 だが、勝った。
「はは……見たかよ、ガルド」 俺は虚空に向かって笑いかけた。 「お前のおかげで無傷だ。……まあ、ちょっと熱かったけどな」
『へへっ、当然だろ! 俺の盾は最強だからな!』 幻覚のガルドが、サムズアップして笑う。
「ミナも、ナイスアシストだった」 『でしょ? 報酬弾んでよねー!』 ミナがVサインを作る。
「エリス……ありがとう」 『ううん。アルヴィンが凄かったのよ』 エリスが優しく俺の頭を撫でる。
俺は這いつくばって龍の死体に近づき、その胸をナイフで切り裂いた。 中から、真っ赤に輝く宝石――第5の秘宝『紅蓮の心臓』を取り出す。
『業務報告』 『第五秘宝「紅蓮の心臓」、回収完了』 『戦闘記録:パーティ連携により、無傷(精神的)で撃破』
俺は震える手でそれを鞄にしまう。 端から見れば、火傷だらけの男が、何もない空間に向かって一人で喋り、笑っているだけの不気味な光景だろう。 だが、俺にとっては、これが最高の勝利だった。
「……あと3つ」
俺は立ち上がる。 体は悲鳴を上げている。薬の効果も切れかけている。 それでも、仲間たちが「次へ行こう」と背中を押してくれる。
この狂ったパレードは、まだ終わらない。 俺たちが「勇者」を呼ぶ、その瞬間までは。
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