第12話

西の火山へ続く荒野。 そこで俺を待ち構えていたのは、かつての俺たちのように目を輝かせた、若き「正義の味方」たちだった。


「見つけたぞ! 外道魔導士アルヴィン!」


先頭に立つのは、白銀の鎧に身を包んだ少年騎士。 後ろには神官の少女や、魔法使いの少年。 バランスの良い、そして「清潔な」パーティだ。 彼らの装備には泥ひとつついていない。血の匂いもしない。


「貴様だな! リル村の結界を破壊し、住民を虐殺したのは!」 少年騎士が剣を突きつける。 「王都からの手配書を見た時は疑ったさ。かつての有望株『銀の天秤』が、まさか大量殺人鬼に落ちぶれているなんてな!」


俺はため息をついた。 (……眩しいな) 彼らの放つ「正義」のオーラが、薄汚れた俺には直視できないほど眩しい。


『ねえアルヴィン。あの子たち、昔の私たちに似てない?』 幻覚のエリスが、懐かしそうに目を細める。 『おっ、元気があっていいじゃねえか。なぁリーダー、稽古つけてやるか?』 ガルドがニヤニヤと笑う。


俺は杖をつき、ダルそうに彼らに答えた。 「……そこを退いてくれないか。急いでいるんだ」


「退くわけないだろう! 貴様を討ち取り、死んだ人々の無念を晴らす! それが俺たち『暁の翼』の正義だ!」


正義。 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが冷え切った。


「……正義、か」 俺は乾いた笑い声を漏らす。 「いい言葉だ。俺も昔は好きだったよ。……で? その正義とやらで、世界は救えるのか?」


「なんだと!?」 「お前たちが『悪い奴を倒そう』とかっこつけている間にも、魔王軍は進軍している。世界は滅びに向かっている。……お前たちの綺麗な剣で、その現実は斬れるのか?」


「黙れ! 貴様のような悪党の言い訳など聞かん!」 少年騎士が突っ込んでくる。速い。剣筋も鋭い。 だが、今の俺には「見えすぎた動き」だった。 殺意がない。迷いがある。「正しく勝とう」としている。


俺は半歩下がり、懐から第2の秘宝『氷結の鏡』を取り出した。


「なっ……!?」 騎士の剣が、鏡から溢れ出た冷気によって一瞬で凍りつき、砕け散った。 「嘘だろ……ミスリルの剣が!?」


「いい武器を持ってるじゃないか。親に買ってもらったのか?」 俺は冷笑し、杖を彼の喉元に突きつける。 「俺の武器はな、仲間を見殺しにして、村を沈めて奪ったものだ。……『重み』が違うんだよ」


「ひっ……!」 少年騎士が腰を抜かす。 後ろにいた仲間たちが悲鳴を上げ、魔法を放とうとするが、俺は左手の義手(腐った腕)で、隠し持っていた『麻痺毒の瓶』を握りつぶした。 紫色の毒霧が広がり、彼らはバタバタと倒れていく。


「卑怯だぞ……! それでも勇者の召喚者か!」 地べたを這いつくばりながら、騎士が涙目で睨みつけてくる。


俺は彼を見下ろし、静かに言った。 「ああ、卑怯だ。外道だ。鬼畜だ。……だから、なんだ?」


俺は鞄を開け、中身をぶちまけた。 血に濡れた『嘆きの聖杯』。 泥にまみれた『森護りの宝珠』。 それらが放つ異様な魔力と、染み付いた怨念に、若者たちが息を呑む。


「見ろ。これが『世界を救う鍵』の正体だ」 俺は聖杯を蹴り飛ばした。 「綺麗な冒険譚なんてない。勇者を呼ぶための燃料は、いつだって罪のない誰かの血だ。……お前たちに、その泥水が啜れるか?」


「そ、そんな……」 「お前たちが『正義ごっこ』で気分良くなっている間に、俺はその泥水を全部飲み干してやる。……世界が救われた後で、お前たちは綺麗な顔をして言えばいい。『勇者様、ありがとう』とな」


俺は杖を振り上げた。 「俺は化け物になる。……お前たちのような『人間』が、人間であり続けるためにな」


「や、やめ……!」


ドスッ。 乾いた音が響く。 少年騎士の首が飛び、地面を転がった。


「キャアアアアア!!」 「レオォォォッ!!」 残された仲間たちの絶叫。


俺は無表情のまま、次は神官の少女へ向いた。 彼女は泣きながら、俺を『悪魔』を見る目で見ている。


(そうだ。その目でいい)


俺は魔法を放つ。 慈悲はない。彼らを生かしておけば、また俺を妨害しに来る。 それは「世界救済」へのリスクだ。排除するしかない。


数分後。 荒野には、かつての俺たちによく似た若者たちの死体が転がっていた。 彼らの装備はまだ新しい。未来ある若者たちだった。


俺は死体から路銀(金)と食料を奪い、手帳を開く。


『業務報告』 『障害物排除:王国騎士団下部組織(4名)』 『戦利品:保存食3日分、水』


『……アルヴィン』 エリスが、悲しげに死体を見つめている。 『あの子たち、悪くなかったのにね』


「ああ。悪いのは俺だ」 俺は水筒の水をあおり、口元の返り血を拭った。 「俺が全ての罪を背負って、地獄へ行く。……だから勇者は、光の中を歩けばいい」


俺は空を見上げた。 西の空が赤く染まっている。 夕焼けなのか、それとも俺の目が血で曇っているのか、もう分からなかった。


「行くぞ。……火山が待っている」


俺は死体たちに背を向け、一歩も振り返らずに歩き出した。 その背中は、以前よりも一回り小さく、そして鋼のように硬く見えた。

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