第6話

「おいリーダー、歩くのが速すぎるぞ。俺の死体が置いてけぼりだ」 「あら、私はもっとゆっくりでもいいわよ? 景色が綺麗だし」


耳元でガルドとミナの声がする。 俺は立ち止まり、誰もいない背後の空間に向かって頷いた。 「……急がないとギルドが閉まる。次の予定が押しているんだ」


街道を行き交う旅人たちが、奇妙なものを見る目で俺を避けていく。 無理もない。 俺の服はエリスの血で赤黒く染まり、顔は無表情。そして、虚空に向かってブツブツと独り言を話しているのだから。


だが、今の俺にとって他人の目などどうでもいい。 重要なのは、俺の視界には確かに「彼ら」がいるということだ。 首の折れたミナが宙に浮きながら鼻歌を歌い、内臓が飛び出したガルドが豪快に笑っている。エリスだけは少し離れた場所で、優しく微笑んでいる。


(ああ、なんだ。死んでも賑やかじゃないか) 俺は安堵する。 これなら、寂しくない。勇者を呼ぶその日まで、俺はずっと彼らと一緒だ。



冒険者ギルドの重い扉を開ける。 喧騒が支配する酒場だったが、俺が入った瞬間、その場の空気が凍りついた。 血の匂い。そして、俺が纏う異様な雰囲気。


俺はカウンターへ直行し、受付嬢の目の前に『嘆きの聖杯』をドンと置いた。


「――依頼の品だ。確認してくれ」 「ひっ……!」 受付嬢が悲鳴を上げ、後ずさる。「ア、アルヴィンさん!? その血……それに、他の皆さんは……?」


「ああ」 俺は手帳を開き、事務的に報告する。 「第一秘宝、確保完了。ただし、作戦行動中に大規模なトラブルが発生。損耗率は100%だ」 「そ、損耗率……?」 「ガルド、ミナ、エリス。以上3名は戦闘不能(ロスト)。……勇者召喚後の再構成待ちだ」


シン、と酒場が静まり返る。 「おい、嘘だろ……あの『銀の天秤』が全滅?」 「生き残ったのはあいつだけかよ……」 「なんて目をしてやがるんだ……」


囁き声が聞こえるが、俺は無視した。 「報酬の金貨をくれ。それと、至急『次の人員』を募集したい」 俺は受付カウンターに、一枚の羊皮紙を叩きつけた。


【募集要項:北の雪山攻略メンバー】 【報酬:相場の5倍(前払い可)】 【条件:死を恐れない者。または金のために命を捨てられる者】


相場の5倍。破格の条件だ。 だが、受付嬢は震える手でそれを受け取った。 「あ、あの……アルヴィンさん。少し休まれたほうが……」 「時間がない。魔王軍は待ってくれないんだ」


俺が冷たく言い放つと、背後で椅子を引く音がした。


「――おいおい、随分と景気のいい話じゃねえか」


声をかけてきたのは、薄汚れた革鎧を着た男だった。 無精髭に、濁った眼。腰には手入れの悪い長剣を下げている。 典型的な「食い詰め者の傭兵」だ。


「5倍ってのは本当かよ? 坊ちゃん」 男がニタニタと笑いながら近づいてくる。 「俺の名はバグズ。腕には覚えがあるぜ? まあ、前のパーティを全滅させた無能なリーダーの下で働くのは御免だが……金がいいなら話は別だ」


周囲の冒険者たちが「やめとけバグズ、あいつはヤバいぞ」と止めるが、男は聞く耳を持たない。 俺は男――バグズを値踏みするように見下ろした。


(ガルド。こいつ、どう思う?) 脳内で問いかける。 『んー、弱そうだな。俺ならデコピンで倒せるぜ』 幻覚のガルドが欠伸をする。 『でも、肉壁くらいにはなるんじゃない?』 首の折れたミナがケラケラと笑う。


そうか。肉壁か。 なら、採用だ。


「バグズと言ったな」 俺は懐から、先ほど受け取ったばかりの金貨袋を取り出し、テーブルに放り投げた。 ジャラリ、と重い音がする。 「契約成立だ。前金で半分やる。残りは仕事が終わってからだ」


バグズが目を丸くし、慌てて袋を掴む。 「へ、へへっ! 話が早くて助かるぜ! 任せときな、俺様が守ってやるよ!」


男は知る由もない。 その金貨が、俺たちの結婚資金や、ガルドのトマト農園のために貯めていた「夢の残骸」であることを。 そして、自分が「仲間」としてではなく、「次の秘宝を開けるための鍵(消耗品)」として買われたことを。


「出発は明日だ。準備しておけ」 俺は短く告げ、出口へ向かう。


「ちょ、ちょっと待ってくれアルヴィン!」 受付嬢が呼び止める。 「たった二人で雪山へ行く気!? あそこは『氷の魔女』の領土よ! 正規軍でも小隊が全滅するような……!」


俺は足を止めず、背中越しに答えた。 「問題ない。……俺たちは、5人パーティだ」


「え?」


俺の視界には、俺の周りを取り囲む3人の仲間たちが見えている。 エリスが心配そうに俺の頬を撫でようとし、ガルドとミナが「また無茶しやがって」と肩をすくめている。


俺は一人じゃない。 最強の仲間(幻覚)と、新しい捨て駒がいる。 負ける要素なんて、どこにもない。


「行くぞ。……業務再開だ」


俺は重い扉を押し開け、再び灰色の空の下へと歩き出した。

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