第3話

北の果てにある『嘆きの遺跡』。 到着したとき、空は厚い雲に覆われ、先ほどまでの陽気さが嘘のように薄暗くなっていた。


「うわ、なんかボロボロね。本当にここに秘宝があるの?」 遺跡の入り口を見上げ、ミナが顔をしかめる。 巨大な石造りの門は半ば崩れ落ち、蔦(つた)が絡まり、まるで巨大な怪物の死骸のようだ。


「王家の記録によれば、最深部の祭壇に安置されているはずだ」 俺は懐から羊皮紙の地図を取り出した。出発前に王宮の学者から渡された、最新の調査データだ。 「入り口から中央回廊を抜け、地下三階へ。魔物は出るが、低級のスケルトンや蝙蝠(こうもり)程度らしい」


「楽勝だな。さっさと片付けて、晩飯までには戻ろうぜ」 ガルドが先頭に立ち、松明(たいまつ)を掲げて暗闇へと足を踏み入れる。 俺たちもそれに続いた。 エリスが俺の袖を掴む。「……なんだか、寒気がするわ」 「地下だからな。大丈夫、俺がついている」 俺は彼女の手を握り締めたが、その手は氷のように冷たかった。




遺跡内部は、不気味なほど静かだった。 足音が石畳に反響し、どこまでも吸い込まれていく。 最初の違和感に気づいたのは、探索を開始して一時間が過ぎた頃だった。


「……おい、アルヴィン。ちょっと待て」 先頭のガルドが足を止める。 「どうした?」 「地図と違うぞ。ここ、行き止まりになってるはずだろ?」


ガルドが松明で照らした先には、行き止まりの壁などなく、どこまでも続く長い回廊が伸びていた。 俺は慌てて地図を確認する。 「おかしいな……調査隊の記録ミスか? いや、しかし……」 地図上では、ここは倉庫部屋のはずだ。


「壁が動いた、とか?」 ミナが壁の継ぎ目を調べるが、埃が溜まっており、最近動いた形跡はない。まるで最初からこうだったかのように、道が存在している。


「……ねえ、みんな」 エリスが震える声で言った。 「音がしないの」 「音?」 「魔物の気配も、ネズミ一匹の音もしない。……まるで、私たちを『奥へ招き入れるため』に、わざと道を開けているみたい」


その言葉に、背筋が凍るような感覚を覚えた。 王宮の情報では「低級魔物の巣窟」だったはずだ。それが一匹もいない?


「考えすぎだろ」 ガルドが強がって笑う。「ま、道があるなら進むだけだ。俺の斧があれば壁だろうが何だろうが――」


ザッ。 不意に、暗闇の奥から何かが擦れる音がした。 全員が武器を構える。


「誰だ!」 俺が声を張り上げるが、返事はない。 ただ、松明の光が届かないギリギリの場所で、「何か」が動いた。 人影? いや、もっと歪(いびつ)な……。


「光よ!」 エリスがすかさず照明魔法(ライト)を放つ。 白い光弾が闇を切り裂き、その正体を照らし出した。


それは、ボロボロの鎧を着た騎士だった。 だが、中身がない。鎧の隙間から覗くのは骨ではなく、どす黒い霧のような影だ。 そして、その騎士が手にしている剣には、まだ新しい血がこびりついていた。


「……おい、あれ」 ミナが絶句する。 「あの鎧の紋章……先月派遣された、王国の正規軍じゃない?」


正規軍? 調査隊は無事に帰還したはずだ。だからこそ、この地図がある。 なら、目の前にいる「これ」はなんだ?


「キシャァァァァァ!!」 影の騎士が、人間には出せない金切り声を上げて突進してきた。 速い。オークの比ではない。


「くそっ、迎撃ッ!!」 俺の号令より早く、ガルドが前に出る。 「オラァッ!!」 戦斧と剣が激突し、火花が散る。 だが、ガルドの一撃を受けても、騎士は体勢を崩さない。それどころか、ありえない怪力でガルドを押し込んでくる。


「嘘だろ!? 俺と力負けしねえだと!?」 「ガルド、下がれ! フレイム・アロー!」 俺は炎の矢を放つ。魔法は直撃したが、騎士は燃えながらも止まらない。 痛覚がないのだ。


「こいつ、低級スケルトンなんかじゃない! 騎士級(ナイト・クラス)……いや、それ以上だ!」 俺の中で、警鐘が鳴り響く。 情報が違う。敵の強さが違う。 これは「冒険」じゃない。何かが致命的に間違っている。


どうにか騎士を撃退した時、俺たちは息を切らしていた。 たった一体。たった一体の雑魚敵で、これだ。


「……ねえ、アルヴィン」 ミナが青ざめた顔で、騎士の死骸(霧散して鎧だけが残ったもの)を指差した。 その足元に、手帳のようなものが落ちていた。


俺はそれを拾い上げ、中身を読む。 そこには、震える文字でこう書かれていた。


『王は嘘をついている』 『ここは封印の地ではない。処刑場だ』 『出口はない。扉は、生きた人間の肉でしか開か――』


文章はそこで途切れ、黒いシミで汚れていた。


「……なんなんだよ、これ」 ガルドの声が震えている。 俺たちは顔を見合わせた。 さっきまでの「楽勝ムード」は消え失せ、冷たい汗が背中を伝う。


退路を見る。 入ってきたはずの入り口の方角は、いつの間にか深い闇に覆われ、道の形が変わっているように見えた。


「進むしかない」 俺は絞り出すように言った。 「王宮の情報が間違っていようが、秘宝を手に入れなきゃ世界は終わる。……そうだろ?」


自分に言い聞かせるような俺の言葉に、誰も軽口を返せなかった。 ただ、エリスだけが、悲しげな目で俺を見ていた。

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