第4話
「遅い!」
警察署に戻り、ドアを開けるとすぐにセイの怒声がとんできた。クミがうるさそうに、わざとらしく耳をふさぐ。
「バイクの窃盗犯見つけたんだって?」
奥に座った係長が笑う。向こうの交番から連絡でもあったか。
「は? お前何しにいったんだよ」
「セイは怒鳴らないと話できないわけ?」
めんどくせいやつだな。
セイの隣に腰を下ろすと、
「バイクの窃盗犯がスペクターの売人」
「は?」
キレ芸挟まないと会話できないのか、お前は。
「そっちもあの女の子から話聞いたんだろ?」
「セイが顔でたぶらかしたところ」
「顔でたぶらかしたってなんだよ!」
「スペクターだという言質が取れました。あの子の学校では、恋を叶えるおまじないの粉として広まっているみたいです」
「ふーん、学校によって差があるんだ」
それはなかなか興味深い。
「買いたいから売人の連絡先を教えてくれないか、と頼んでみたんですが。普通に断られました。絶対に信用できる人間以外には、教えちゃいけないって言われてるって」
「売れればいいってわけでもないのか」
あと、ぐいぐい行くなこの子。ちょっと怖い。
「とりあえず、その場は別れて、式神に後をつけさせてます」
「はい?」
式神?
「おっさん、式神知らねーの」
またセイが見下し目線で言ってくる。
「セイのじゃないじゃん、私のじゃん!」
それにクミが食ってかかる。いや、どっちでもいいんだが。
「式神って?」
「式神は式神です」
え、説明なし?
「式神っていうのは、陰陽師が使役する鬼神のこと。式は用いる、使役するってことだね」
係長が口を挟んでくる。
「話聞いていると、使い魔っていう方が近いのかな。魔女にとっての黒猫やカラスみたいな。自分の手足となって動いてくれる、人ならざるもの」
合ってる? と係長が尋ねると、
「それです!」
とクミが大きく頷く。どうやら、うまく説明できなかっただけらしい。なるほど、こういうところがマドカが気にしているところなんだろうな。というか、
「すごい、係長。さすがオカルトサークルですね!」
「いや、そこで今日一の尊敬の目で見られても困るんだけど。一応ね、視えないなりにサポートできるように、調べたりはしたんだよ」
お飾り係長ってわけにもいかないからね、と笑う。それを、はんっとセイが鼻で笑った。
「別に部屋貸してくれるだけでいいのに。あんたも、おっさんも」
「これはこれは、手厳しいね」
ミノルはいらっとしたが、係長は顔には出さずにただ笑うだけ。
「まあ、君たちにとってはうっとおしい子守かもしれないが、こっちも仕事なんでね、お手柔らかに頼むよ」
笑って流されて、セイは少し不満そうな顔をする。大人な対応が有効なのかもしれない。ミノルとしては自分にできる気がしないが。
「ええっと? で、その使い魔をどうしたって?」
「あの子の後をつけるようにさせまして。とりあえず自宅は特定できました」
胸を張ってクミが言う。褒めてほしそうな、顔。これは、加点でしょ? とでもいいたげな。
「……使い魔での尾行って、合法ですか? 職務として」
スペクター、一応合法扱いなのに?
「法の適用が及ばないものの前に、違法も合法もないよ」
詭弁だなー。まあ、係長がそう言うなら、
「ありがとう。とりあえず明日また改めて探りを入れてみるか」
「はい」
クミが頷く。
「で、おっさんの方の売人は?」
「スペクターの売人であることは認めたけど、それについてはだんまり。とりあえず、バイク窃盗の方での取調べを任せてきた」
「はあ? ちゃんと聞いてこいよ、使えねー」
「スペクターが合法である以上、その件でどうこうするのは難しいんだから仕方ないだろ。身柄を押さえられただけ、上出来だ」
「めんどくせーな、警察って。ぼこって吐かせればいいのに」
「めんどくせーなら、辞めろよ」
お前が一番めんどくさいよ、と思いながら、呆れた気持ちでセイを見る。
「あんたらが普段どんなことをしているのかは知らないが、警察の内部組織としてやっていくのなら、こっちのルールに従ってもらう。当然だろう? 警察と協力してやる、っていうのがそっちの目的なんだろ? ルールに従うことが納得できないなら、辞めればいい」
しばらく睨み合う。
目を逸らしたのはセイが先だった。
「辞めるわけねーだろ」
吐き捨てるように言う。何が彼をそこまでして、ここで働かせるのかまったくわからない。
「じゃあ、まあ、とりあえず今日はこんなところかな。その女の子と、売人の件は明日また調べ直しということで」
ぱんっと手を叩いて係長が言う。仕切り直し、とでも言ったように。
悪くなっていた空気が切り替わって、クミが少しだけ安心したように息を吐いた。
「そうですね。初日から当たりを引いたのは大きいですし」
「そうだな、サクッと解決しておっさんとは二度と会わないようにしたいな」
奇遇だな、俺もだよ。とは思うが、口にするようなおとなげない真似はしないでおく。
双子は先に帰り、どうにかこうにか日報をでっち上げるとミノルも帰路につく。しかし、バイク泥棒を捕まえられてよかった。そうじゃなかったら、本当に書くことがなくて積むところだった。
夕飯は、なんかもう疲れたからコンビニでいいかの結論に着地する。寮の近くのコンビニに足を向けると、
「あれ、桑野?」
「青木」
入り口のところで、入れ違いに出てきた警察学校時代の同期に声をかけられた。
「珍しいな、こんなところで会うなんて」
「あー。異動になって。そこの寮に引っ越して」
「お、じゃあ本庁勤め? どこ」
「あー、生活安全課?」
「なんで疑問系なんだよ」
「いや、まあ色々と」
本当、なんで疑問系なんだろうな。
「青木は今……」
「二課。こっち来たなら今度メシ行こうぜ」
「おー」
とかなんとか会話して別れる。
よかった、詳しく聞かれなくて。人に言えない仕事ってやっかいだよなーと改めて思った。まったく、なんでこんなことになったのやら。
酒、買って帰ろう。
そう思いながら入店する。適当なものを見繕っていると、ケータイが震えた。
恋人からの連絡。「やっぱり無理、別れよう」。
あー、はいはいはいはいはいはいはい。まあ、出会ったばっかりなのに全然会えないしね。別れ話も、電話ですらなくてもいいよねみたいな? あー、まじ、異動も意味不明だし、本当無理。
口から怨嗟の声が漏れそうになるのを抑えながら、「わかった。ごめんね」だけ返信。
カゴの中に、アルコールを追加した。
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