第3話

 二人に連れられてやってきたのは、若者向けファストファッションの店だった。

「すごいな、最近はこのレベルの服が、この値段で買えるんだ」

「おっさん、流行にうとくね? そんな年ちがわねーのに」

「一年スマホとりあげられて、生活してたらこうなる」

「一年?」

「警察学校」

 いや、あんまり関係ないけど。高校のときから疎かったし。

「え、スマホ使えないの?」

「うん」

「え、すげー、よく生きてたね」

 哀れみと尊敬が混じった目で見られる。露骨にバカにされないだけマシだが。

「仕事だし」

「雇われるって大変だな」

「……むかつくな」

 なんだその、上に立つものみたいな空気。多分、そうなんだろうけど。

「ミノルさん、これどうですか?」

 一人黙々と服を見ていたクミがいくつか手渡してくる。

「ちょっと着てみてください。サイズ合うかな」

「こっちの色の方が、おっさん合うんじゃね?」

 同じデザインの別の色のシャツをセイが指差す。

「合うだろうけど、合いすぎる。年にぴったりすぎじゃない?」

「あー、そっか。今回のテーマは若作りだもんな」

「若作り言わないの。あ、これもいいかも」

 意外と二人とも真剣に選んでくれるな。

 自分のセンスがないことを自覚しているミノルは、

「試着してきます」

 おとなしく試着室に向かった。

 

 結局、何着か服を買った。そのうちの一着に着替え、二人に連れられて近くのファストフード店に向かう。休憩と情報集取を兼ねて、ということらしい。なんで高校生に仕切られてるのか。

 店内には制服姿の高校生が何組かいた。きゃっきゃ話したり、勉強したりしている。若いなぁと思いつつも、いつものように店内を見回していると、

「目つきワリィ、そんな高校生いるかよ」

 向かいのセイが呆れたように言った。その隣のクミが、「セイ」とまた小声でたしなめる。

「そんなこと言われても」

 そもそも、高校生じゃないし。

「ま、こういうところでの情報収集はこっちに任せて。そこで座ってなよ、おっさん」

 嫌味ったらしくいうと、セイがドリンク片手に席を立つ。そのまま、

「ねーねー、ごめんねー、ちょっといい?」

 女子だけのテーブルの横にしゃがみ込んだ。

「邪魔してマジごめん。ちょっとだけ聞いていい?」

 馴れ馴れしく話し変えてくるセイに、女子たちはちょっと困った顔をするものの、明確に邪険にはしない。さっきまでのふてぶてしい顔を捨てて、柔らかく笑っているからだろう。マドカの血縁者だけあって、整った顔をしているんだなと改めて思った。出会ってからここまで、印象最悪すぎて、気づけなかった。

「うちの学校の女子がさ、占い師のお告げってやつについて話しててさ。でも、男子はダメって教えてくんねーの。なんか、知らない?」

「……なんで、知りたいの?」

「ここだけの話ね。好きな子がいてさー、告白するか悩んでてさー。でもほら、こんなん、友達には言えないしさー」

 女の子たちは顔を見合わせて、

「噂は、聞いた事あるけど、詳しくは知らない」

 そのうちの一人が答えた。嘘はついてなさそうだ。

「そっかー、なんかわかったら、教えてもらってもいい? これ、俺の番号。あ、うざかったらポテトのゴミと一緒に捨ててくれていいから」

 女の子のペンを借り、トレイに敷いてあった紙に連絡先を書き込む。どう考えても手馴れてるな、あれは。

「邪魔してごめんね、じゃあまた」

 セイは軽やかに手を振って、さらに奥の女子グループのテーブルへと渡り歩く。

 すごい度胸だな。あと、自分の顔がいいことをよく理解している。

 次のテーブルでも、邪険にはされていないようだ。声は聞こえないが、楽しそうに喋っているのが見える。

「あいつ、顔で得してるよな」

「顔しか取り柄ないんですよ、あいつ」

 思わずつぶやくと、ほぼ同じ顔をしたクミが吐き捨てるように呟いた。

 しかしまあ、セイだけに任せておくわけにもいくまい。戻ったら日報書かなきゃいけないし。

 そして、ミノルには、先ほどから気になっている子が一人いた。

 クミの斜め後ろの席にいる、女子。

 偏り少し長い黒髪。黒いセーラー服。一人だけで座っている。何をするわけでもなく、ただ所在なさげにうつむいて座っている。なんとなく、浮いている気がする。

「ミノルさん?」

 クミが怪訝そうな顔をするから、

「ちょっとなんでもいいから話ししてくれる? それっぽく」

「じゃあ、セイの悪口でも」

 なんだ、その話題のチョイス。

 クミの方を見て話を聞くフリをしながら、さらにその奥、その女子を見る。

 たまにスマホを心細そうに見つめる。待ち合わせだろうか。

「なにか気になることでもあるんですかぁ?」

 わざと作ったような明るい声でクミが言う。

「ちょっとね。違うなら、それでいいんだけど」

 女の子が顔をあげた。から、ミノルはちょっと視線をそらす。

 彼女の向かいに腰を下ろしたのは、明るい金色の髪をした、チャラい男。だぼっとしたグレーのパーカーに、くたびれたジーンズ。長めの髪の隙間から見えるピアスは、複数個ついているようだった。

 意外な趣味の彼氏……では、なさそうだ。よそよそしい。それに、嫌な空気が漂っている。

「あたりました?」

「っぽいかな」

 すっと女子が動く。カバンから、何かを取り出す。男が受け取る。封筒。中をちらりと見て、パーカーのポケットから出した袋を女子に渡す。

 女子が受け取ると、男はすっと立ち上がる。

 ちょうどそのタイミングで、セイが戻ってきた。

「ダメだー、収穫なし。ってか何、おっさん怖い顔をして」

「ちょうど良かった、セイ、さっきの調子で、あの子から話を聞いてこい」

「は? 命令すんなし、おっさん」

「いいからやりなさいよ」

 クミがセイの背中を軽く叩く。

 男が階段に向かっていくのを視界の端で見送りながら、ミノルは席を立つ。

「あとで連絡する。深追いはすんな。荷物よろしく」

 早口でそれだけ言うと、自前のカバンだけを持って、やや早足で階段に向かう。

 外に出たところで、ちょうど例の男が店の前に止めてあったバイクに近づくところだった。

「お兄さん、ちょっとごめんね」

 ポケットから警察手帳を出しながら、近づく。ヘルメットを持ったまま、男がこちらを見た。あどけない顔。まだ十代だろう。

「これ、盗難届出ているのに似てるんだよね。悪いんだけど、免許証とナンバー、確認させてもらっていいかな?」

 言いながら、鍵をさせないように、キーシリンダーを片手でおさえる。これ、有形力の行使だから、任意同行の域を超えてるだろうなあ。訴えられないといいな。

「あ?」

「ごめんごめん、すぐ済むから」

 鎌をかけているが、盗難バイクというのはほぼ確定だろう。黒いオーラでわかる。

「どうしました?」

 睨み合ってると、声をかけられた。制服警官が、こっちを睨んでる。

「お疲れ様っす」

 ミノルは片手で警察手帳を見せる。制服警官が、ああ、と納得したような顔を一瞬した。

「ちょっと様子があれなんで声をかけたんだけど。バイクの車両照会、お願いしていいっすか?」

 多勢に無勢と思ったのか、男が顔を歪める。

 制服警官が無線でバイクのナンバーを告げる。経験的に、盗難車なのは間違いないが、元の持ち主が盗難届を出していなければ積む。出しててくれ。

 祈っていると、

「確かに盗難届、でているようですね。君、ちょっと交番で話を聞かせてもらえるかな?」

 制服警官がそう言う。セーフ、助かった。

 逃げ出すかと思ったが、男は素直に従った。

 ミノルもついて最寄りの交番まで向かう。

 素直についてきた割には、男はブスッとしたまま何も言わない。黙秘か。

「うわ、なんだ、この金」

 男のポケットから取り出した封筒を見て、警官が驚いたような声をあげる。ざっと見て、十万円ほどが入っていた。

「バイト代」

 それだけ答える。名前も何も答えないのに、現金の出処だけはハッキリ発言する。やはり、ここに何かある。

「バイト代って、こんな封筒にいれて、これだけの金額を子供がなんのために持ち歩くんだよ」

「子供だから。クレジットカード持てないから。現金で払う」

「なんのために?」

「なんか買おうと思って」

「なんかってなんだよ」

「なんかだよ」

 やり取りしていた制服警官の肩を軽く叩いて、会話の主導権を交代してもらうと、

「君さ、これ、あのバーガーショップで女子高生からもらってたよね?」

 ミノルが言うと、すごい顔をして睨まれた。

「見てたのかよっ!」

「見られちゃまずかった?」

「ってかこれ、別件逮捕ってやつじゃね?」

「お、賢いね。別件だっていう認識があるなら聞くけど、君はスペクターの売人だよね?」

「スペクター、違法じゃねーよな。だから、答えない」

「それもう、答えたようなものだね」

 苦笑する。男はまたふてぶてしく押し黙った。

「スペクター?」

「うちの部署で調べている薬物なんですけど」

「部署……、生安でしたっけ」

「ええ、まあ」

 特殊対応係ってなんですか? って聞かれなくてよかった。あと、今日からではあるのだが。まさか、配属一日目で当たりを引くなんて思わなかった。

 男は結局名前も喋らないので、バイク盗難についての取り調べと何かわかったら連絡するようお願いして、ミノルは自分の部署に戻ることにする。

 スマホには見慣れない番号からの着信があった。携帯電話からの番号。折り返すと、

「おっさん、電話にはすぐ出ろよ」

 案の定セイからだった。

「仕事中なんだよ。今どこ?」

「警察署戻ってきた」

「あー、じゃあ、戻るんで待ってて。あの子から何か聞けた?」

「聞けたから待ってるんだろ」

 ほっとくとギャンギャン嫌味を言われそうだから、

「了解了解、あとは戻ってからで」

 さくっと通話を終える。ちょうど、地下鉄の駅ついたところだし。

 電車に乗り込んだところで、もう一度スマホを取り出す。メッセージが来てた。恋人からの、今日会えない? の連絡。断るのこれで何回目だっけな、と思いながらも、無理そうという返事を作る。

 合コンで出会ってうまいこと付き合いはじめた子だけど、ぼちぼち終わりかもしれない。ドタキャンしがちだし。また今回よくわかんない勤務になっちゃったし。

 思わずため息がこぼれ落ちる。窓ガラスに映った自分がくたびれた顔をしていて、苦笑した。


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