第2話 光の都のバルコニーと「誰も処刑しない」という約束
聖イルミナ暦一〇三三年 十の月。
ベレシア降伏からまもない帝都聖火大聖堂前の大広場。戦争終結と新たな統治の始まりを記念する式典が開かれている。
聖火を背に、純白のドレスを着た女性がバルコニーに姿を現す。
──アルディア帝国第四皇女・エルナ・イルミナ・アウレリア
広場を埋めた帝都の聴衆は、彼女の姿を見ると歓声を上げ、「殿下万歳」「戦争は終わったぞ」と叫ぶ者もいる。鐘が鳴り、紙吹雪が舞い、軍楽隊が勝利の曲を奏でる。
エルナはそっと手を差し出して声と音を制すると、一度呼吸を整えた。
そして一瞬の静寂の後、高く澄んだ声で、続けた。
「アルディア帝国の民よ、そしてベレシアの人々よ。
今日ここに、長く続いた戦いの終わりと、新しい時代の始まりを告げます。
この戦争は、多くの命を奪いました。
ベレシアの村にも、アルディアの町にも、二度と戻らない日々があります。
残されたのは、焼けた家と、空になった椅子と、数えきれない喪失の名ばかりです。
けれど、私たちはその喪失の上に、さらに血を重ねるべきではありません。
復讐の炎は、敵だけでなく、いずれ自らの手も焼き尽くすからです。
だからこそ、ここに宣言します。
アルディア帝国は、ベレシアで誰も処刑しない。
罪は調べられます。過ちも問われるでしょう。
しかし、私の名のもとに統治されるこの地で、戦いの名をもって、誰かの命を奪うことはいたしません。
この決定は、弱さから生まれたものではありません。
それは、戦争の終わりを「さらなる死」ではなく、「初めての赦し」によって示したいという、私の願いです。
ベレシアは、もはや敵の土地ではありません。
アルディアの剣が征服しただけの土地でもありません。
ここには、ここにしかない言葉があり、歌があり、祈りがあります。
それらを踏みにじるのではなく、共に抱きしめる道を選びたい。
帝国とベレシアは共に復興する。
壊れた橋は、アルディアの技術とベレシアの働き手によって架け直されるでしょう。
焼けた畑には、両方の民の手で、もう一度種がまかれるでしょう。
我がアルディア帝国は、聖火の照らす光の下に、愛すべき兄弟であるベレシア人を平和へ導きます。
その未来を疑う者もいるでしょう。
痛みのあまり、赦しの言葉を聞きたくない者もいるでしょう。
それでも私は、皇女エルナ・イルミナ・アウレリアとして、この約束を世界に向けて刻みます。
ベレシア人を誰も殺さない。
帝国とベレシアは共に復興する。
この言葉が、戦争の終わりを示す印であり、
いつの日か、あの暗い年月を振り返るときに、最初に思い出される一節であることを願って。
どうか、聖火が、アルディアとベレシアのすべての民を等しく照らしますように」
後世の歴史書でも語られることになる「光のバルコニー演説」の一説である。
群衆の熱に包まれながら、エルナ自身は、まだこの約束がどれほど重いものかを知らない。
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