第2章:英雄に恋路(という名の邪魔)は不要

 そんな「机の下の蜜月」も、長くは続かなかった。  レオンの名声が高まるにつれ、周囲が彼を放っておかなくなったのだ。


 数日後。王城の応接室には、書類の山が築かれていた。  それはすべて、国内外の有力貴族から送られてきた「釣書(つりがき)」――つまり、見合い写真と身上書である。


「レオン殿! 我が娘は、王都一番の美貌と評判でしてな!」 「いやいや、我が家の娘は宮廷魔導師としての才能があり、貴殿の伴侶としてこれ以上ない逸材!」 「隣国の第三王女殿下が、ぜひ貴殿と一度お茶会をとおっしゃっておる!」


 群がる貴族たち。彼らの目は血走っている。  「最強の剣聖」を自陣営に取り込むことは、将来の栄達を約束されたも同然だからだ。  ソフィアの執務室に向かおうとしていたレオンは、廊下で彼らに捕獲されてしまった。


 レオンの眉間に、深い皺が刻まれる。  彼にとって、この時間は「損失」でしかない。  今、この瞬間も、ソフィアの足は誰にも踏まれることなく、孤独に机の下に存在しているのだ。そう思うだけで、胸が張り裂けそうになる。


(どいつもこいつも……俺の至福の時間を奪おうとする魔物め)


 だが、ここで剣を抜くわけにはいかない。  彼は努めて冷静に、そして「もっともらしい英雄の顔」を作った。


「皆様、光栄なお話ですが……」


 レオンの声が響くと、場が静まり返る。  彼は憂いを帯びた瞳で、窓の外(ソフィアの部屋の方角)を見つめた。


「私は、いつ戦場で命を落とすかも知れぬ修羅の道を歩んでおります」


 嘘である。今の彼は強すぎて、ドラゴン相手でも素手で勝てる。


「そのような私が、特定の女性と結ばれ、家庭の温かさを知ってしまえば……どうなるか。剣が、魔法が鈍るのです」


 大嘘である。彼が求めているのは家庭の温かさではなく、冷たいタイツの感触と適度な圧迫感だけだ。


「愛する者を失う恐怖が、私を弱くする。私は、この国全ての民を守るために、孤独(ソロ)で在り続けねばならないのです」


 彼は胸に手を当て、悲劇の英雄を演じきった。  その姿に、娘を売り込みに来た貴族たちの目頭が熱くなる。


「なんと……! そこまでの覚悟を持って、国を守ってくれていたとは!」

「我々は、貴殿の崇高な決意も知らず、俗な縁談を持ちかけ……恥ずかしい!」

「さすがは英雄レオン! 騎士の鑑だ!」


 感動の涙を流し、引き下がっていく貴族たち。  レオンは内心で(よし、勝った。これでソフィア様の元へ行ける)とガッツポーズをした。


 しかし、運命は彼に試練を与える。  去りゆく貴族たちと入れ替わりに、一人の男が現れた。


「ほう。あくまで身を固めぬというか。その強固な意志、嫌いではない」


 低い声と共に現れたのは、隣国の宰相、ゲルハルト公爵。  切れ者の政治家として知られる彼は、ニヤリと笑い、とんでもない提案を口にした。


「だが、我が国の第一王女は気性が激しくてな。『私より強い男でなければ結婚しない』と申しておる。貴殿が断るというのなら、力ずくでも連れてこいとの仰せだ」


 ドン、と背後に控えていた屈強な近衛騎士たちが一歩前に出る。  まさかの物理行使。  だが、レオンにとっては、縁談よりも物理的な戦闘の方が、よほど「話が早い」。


「……力ずく、ですか」


 レオンは、冷徹な笑みを浮かべた。  その殺気に、室内の温度が五度は下がる。  早くソフィアの机の下に潜り込みたいという禁断症状(ストレス)が、今、臨界点を超えようとしていた。


「いいでしょう。私の時間を奪うことの代償……その体で教えて差し上げます」


 こうして、ただ「早く踏まれたい」というだけの動機で、隣国との外交問題になりかねない決闘が幕を開けたのである。

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