第2章(後半):その殺意は、愛ゆえに

 場所は王城の中庭に移された。  隣国の宰相ゲルハルトが連れてきたのは、選りすぐりの精鋭騎士五名。  対するは、レオンただ一人。


 彼は剣を抜くことすらせず、腕を組んで仁王立ちしていた。  だが、その全身から立ち昇るオーラは、紫色の炎のように揺らめいて見えた。


(十分……。この茶番に付き合わされている間に、ソフィア様の休憩時間が十分も減った……!)


 レオンの体内時計は、世界の標準時よりも正確に「ソフィア・タイム」の損失をカウントしていた。  一分減るごとに、彼の精神(san値)は削られ、代わりに物理的な破壊衝動がチャージされていく。


「我ら五人で囲めば、いかに剣聖とて――」

「御託はいい」


 レオンが、地の底から響くような声で遮った。


「来い。一瞬で終わらせてやる。俺は今、猛烈に機嫌が悪い」


 合図とともに、五人の騎士が殺到した。  完璧な連携。死角なき包囲網。  だが、レオンにとっては、止まって見えるハエのようなものだった。


「邪魔だァァァッ!!」


 咆哮一閃。  剣など不要。彼は純粋な魔力と怒りを拳に乗せ、空間ごと殴りつけた。  衝撃波が炸裂し、中庭の芝生が捲れ上がる。  五人の屈強な騎士たちは、まるでボーリングのピンのように空の彼方へとかっ飛んでいった。


「ひ、ひぃぃッ!?」 「ば、化け物か……!」


 腰を抜かすゲルハルト宰相を見下ろし、レオンは氷点下の視線を送る。


「……次はあるか? なければ帰る」


 その背中には、「俺の行く手を阻む者は神でも殺す」という、歪んだ愛の覇気が漂っていた。


***

 その光景を、はるか上階の窓から見下ろしている影があった。  ソフィアと、侍女のマリーである。


「す、凄まじい……」


 マリーが震える声で呟く。  中庭にはクレーターができ、隣国の騎士たちが星になっていた。


「やはりレオン様は、戦いの化身ですね。あのような修羅、常人には近づくことさえ……」

「違うわ、マリー」


 ソフィアは、窓枠をギュッと握りしめていた。その瞳は潤んでいる。


「見て、あの背中を。……彼は泣いているのよ」

「えっ? い、いいえ、どう見てもブチ切れていらっしゃいますが」

「私にはわかるの。彼は本当は争いを好まない優しい人。でも、自身の『自由』と『尊厳』を守るために、あそこまで心を鬼にして戦わなければならない……。その悲しみが、あの圧倒的な力になっているのよ」


 ソフィアの脳内フィルターは、今日も正常運転(フルスロットル)だった。  彼女には、レオンの怒りのオーラが、孤独な英雄の悲哀の色に見えていた。


「私が……私がしっかりしなければ。彼が帰ってくる場所を守ってあげなきゃ」


 ソフィアは決意を固め、執務室の机へと急いだ。  彼を迎える準備(=ただ座って待つこと)をするために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る