第五章 商売の神へ——漁業から商業へ
■漁業神としての恵比寿
恵比寿は、もともと漁業の神だった。
海から来る神、大漁をもたらす神、鯛を抱え釣竿を持つ神——。恵比寿の図像は、明らかに漁業との結びつきを示している。
漁村では、「えびすあば」と呼ばれる漁具が祀られた。「あば」とは網の浮きのことで、大漁を願って正月などに祀る風習があった。
漁期の初めに海から石を拾ってえびすの御神体とする風習も、漁業神としての恵比寿を示している。
■市場の神へ
しかし、恵比寿はやがて漁業の枠を超えて、商業全般の神となっていく。
平安時代末期、恵比寿は「
魚市場での商いが、恵比寿を漁業から商業へと導いた。漁師が獲った魚を売る——その接点において、恵比寿は漁業神から商売の神へと性格を拡張したのだ。
室町時代には、恵比寿は完全に商売繁盛の神として定着していた。狂言の「夷大黒」「夷毘沙門」などにも、福の神としての恵比寿が登場する。
■えびす講
江戸時代になると、「えびす講」が全国的に広まった。
えびす講とは、恵比寿を祀る行事のことである。多くの地域では、十月二十日(あるいは一月二十日)に行われる。
この日、商家では恵比寿の像を飾り、尾頭付きの鯛や酒を供えて商売繁盛を祈願した。帳簿を整理し、一年の商売を振り返る日でもあった。
えびす講は、商人たちの年中行事として定着し、恵比寿を商売の神として決定的に印象づけた。
■恵比寿・大黒の二福神
恵比寿は、しばしば大黒天とセットで祀られる。
「恵比寿・大黒」の二福神は、七福神が成立する以前から民間で信仰されていた。商売と食——庶民の生活に直結する二つの領域を守る神として、両者は併せ祀られた。
大黒天が大国主命と習合すると、興味深い関係が生まれた。大国主命の子が事代主神であり、事代主は恵比寿と同一視される。つまり、大黒と恵比寿は「親子」ということになる。
この親子関係は、後付けの解釈だが、二神の結びつきをいっそう強めることになった。
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