第四章 事代主との習合——釣りをしていた神
■国譲り神話の事代主
恵比寿と同一視されるもう一人の神が、
事代主は、大国主命の子である。『古事記』の国譲り神話に登場する。
天照大神が地上の支配権を求めて使者を派遣したとき、大国主命は「私の子、八重事代主神に聞いてくれ」と答えた。
使者が事代主のもとを訪ねると、事代主は「美保の崎」で釣りをしていた。
■釣りをする神
事代主は国譲りを承諾し、船を踏み傾けて「青柴垣」を作り、その中に隠れてしまった。海の中に姿を消したのである。
この神話には、二つの要素がある。第一に、事代主が「釣りをしていた」こと。第二に、事代主が「海に消えた」こと。
釣竿を持ち、鯛を抱える恵比寿の姿は、まさにこの事代主のイメージに重なる。釣りをしていた神だから、恵比寿なのだ。
また、海に消えた神が海から福をもたらす神になるという発想も、漂着神信仰と通じている。
■今宮戎神社と事代主説
事代主=恵比寿説の代表的な神社が、大阪の今宮戎神社である。
今宮戎神社は、西宮神社と並ぶえびす信仰の中心地だ。毎年一月九日から十一日にかけて行われる「十日戎」は、「商売繁盛で笹持ってこい」の掛け声で知られ、百万人以上の参拝者で賑わう。
今宮戎神社の祭神は事代主命である。蛭子ではなく、事代主が恵比寿とされているのだ。
■蛭子か、事代主か
結局、恵比寿は蛭子なのか、事代主なのか。
答えは、「どちらでもある」というほかない。
恵比寿を祀る神社は全国に約三千五百社あるとされるが、祭神は神社によって異なる。蛭子命を祀る神社もあれば、事代主神を祀る神社もある。少彦名神を祀る神社もある。
これは、「恵比寿」という神が、もともと特定の神の名前ではなかったことを示している。
「えびす」は、海から来る福の神の総称だった。その総称に、後から記紀の神々が当てはめられた。蛭子も事代主も、後付けの解釈なのである。
だからこそ、祭神が統一されない。どの神を「恵比寿」と呼ぶかは、それぞれの地域、それぞれの神社の判断に委ねられている。
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