第三章 蛭子命との習合——流された子の帰還

■記紀神話の蛭子


 恵比寿が「日本の神」とされるのは、記紀神話の神々と同一視されるようになったからである。

 その代表的な例が、蛭子命ひるこのみこととの習合だ。

 『古事記』によれば、伊邪那岐命と伊邪那美命が国生みを行った際、最初に生まれた子が蛭子だった。しかし、この子は「水蛭子」——蛭のように手足のない不完全な子として生まれた。

 「この子は葦船に入れて流し去りつ」

 両親は蛭子を葦の船に乗せ、海に流した。

 『日本書紀』の記述はやや異なる。蛭子は天照大神、月読尊に次いで三番目に生まれたが、「三歳になっても足が立たなかった」ため、天磐櫲樟船あまのいわくすふねに乗せて流されたという。

 いずれにせよ、蛭子は海に捨てられた子である。



■流された蛭子はどこへ行ったか


 ここで重要なのは、記紀神話が蛭子の「その後」を語っていないことである。

 海に流された蛭子は、どうなったのか。死んだのか。消えたのか。

 記紀は沈黙している。しかし、民間には別の伝承が生まれた。

 流された蛭子は死ななかった。海を漂い、どこかの浜に流れ着いた。そして、その地で神として祀られるようになった——。

 これが、蛭子=恵比寿説の骨格である。



■西宮神社と蛭子説


 蛭子命が漂着した地として最も有名なのが、兵庫県西宮市の西宮神社である。

 西宮神社は、えびす神社の総本宮とされる。毎年一月十日の「十日戎」には、開門と同時に境内を走り抜けて「福男」を決める神事が行われることでも知られる。

 伝承によれば、蛭子命は摂津国の浜に漂着し、地元の人々に拾われて祀られた。これが西宮神社の起源だという。

 蛭子=恵比寿という解釈は、室町時代頃に広まったとされる。記紀神話に「えびす」の名がない以上、記紀の中から該当する神を探し出そうとした結果、「海に流された子」である蛭子に白羽の矢が立ったのだ。



■捨てられた子が福をもたらす


 蛭子説には、深い逆説がある。

 親に捨てられた不具の子が、やがて福をもたらす神になる。最初に流し捨てられた存在が、最も大きな恵みを与える存在に転じる。

 これは、「えびす」という言葉の両義性——蔑称と神名の一致——と呼応している。

 排除されたものが福をもたらす。辺境に追いやられたものが中心を潤す。この逆転の論理が、蛭子=恵比寿説の核心にある。

 日本の民俗学が「貴種流離譚」と呼ぶ物語類型——高貴な者が流浪し、苦難の末に復権する——とも通底する構造だ。


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