第二章 漂着神信仰——海から来るもの

■寄り神とは


 恵比寿信仰の根底にあるのは、「寄り神(よりがみ)」あるいは「漂着神」と呼ばれる信仰である。

 寄り神信仰とは、海から漂着したものを神聖視し、祀る信仰のことだ。

 日本列島は海に囲まれている。古来、海辺に暮らす人々にとって、海から流れ着くものは特別な意味を持っていた。



■鯨という「えびす」


 最もわかりやすい例が、鯨である。

 沿岸に打ち上げられた鯨——座礁鯨、寄り鯨——は、古来「えびす」と呼ばれた。「鯨寄れば七浦潤う」「鯨寄れば七浦賑わう」ということわざが示すように、一頭の鯨は沿岸の村々に莫大な恩恵をもたらした。

 肉は食料となり、骨は道具や建材となり、油は燃料となる。鯨の漂着は、文字通り「天からの恵み」だった。

 能登半島、佐渡島、三浦半島など、各地に鯨の漂着にまつわる伝承と信仰が残っている。



■漂着物という「えびす」


 鯨だけではない。海から漂着するもの全般が「えびす」と呼ばれることがあった。

 流木、海藻、貝殻、魚の死骸、見知らぬ形の石、異国から流れ着いた器物——。海から来る未知のものは、すべて神聖な力を持つと考えられた。

 九州南部には、漁期の初めに海中から石を拾い上げ、それを「えびす」の御神体として祀る風習があったという。海から来たものだから、えびすなのだ。



■常世国からの来訪者


 古代日本人は、「海の向こうに常世国がある」と信じていた。

 常世国とこよのくにとは、海の彼方にある神々の国、永遠の国である。『古事記』にも『日本書紀』にも登場するこの観念は、日本人の世界観の根底にある。

 常世国から来る者は、神に等しい。常世国から流れ着くものは、神聖なものである。

 海から漂着する鯨も、流木も、見知らぬ遺骸も、すべて常世国からの贈り物と見なされた。だから、それらは「えびす」——外から来た神聖なもの——と呼ばれたのだ。

 恵比寿信仰の最深層には、この海洋民的な世界観がある。


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