第一章 「えびす」という言葉——異邦人の名

■多様な表記


 恵比寿という神の名前は、驚くほど多様な表記を持つ。

 恵比寿、恵比須、恵美須、恵美寿、蛭子、夷、戎、胡、蝦夷——。

 すべて「えびす」と読む。なぜこれほど表記が揺れるのか。それは、「えびす」という言葉自体が、特定の神の名前ではなかったからだ。



■「えびす」=異邦人


 「えびす」という言葉は、もともと「異邦人」「辺境の民」を意味した。

 古代の中央政府は、東国や北方の人々を「蝦夷(えみし・えびす)」と呼んだ。「夷」「戎」は中国由来の言葉で、中華から見た周辺民族——東夷・西戎・南蛮・北狄——の「夷」「戎」に由来する。

 つまり、「えびす」とは「我々とは異なる者」「外から来た者」を指す言葉だったのだ。

 ここに、恵比寿という神の本質が潜んでいる。



■福の神と蔑称の奇妙な一致


 興味深いのは、辺境の民を指す蔑称と、福をもたらす神の名前が同じだということである。

 普通に考えれば、これは矛盾している。なぜ蔑みの対象と、崇拝の対象が、同じ言葉で呼ばれるのか。

 答えは、古代日本人の「外来者」に対する両義的な態度にある。

 外から来る者は、恐ろしい。災いをもたらすかもしれない。しかし同時に、外から来る者は、福をもたらすかもしれない。未知の技術、珍しい産物、新たな知恵——外界からやってくるものは、脅威であると同時に恩恵でもある。

 この両義性が、「えびす」という言葉に凝縮されている。異邦人への畏怖と期待、排除と歓迎——相反する感情が、一つの言葉に込められているのだ。

 民俗学者の折口信夫は、このような外来者を「まれびと(稀人・客人)」と呼んだ。まれにしか来ない、外からの訪問者。彼らは異界の住人であり、福をもたらす神の化身でもある。

 恵比寿は、この「まれびと」の系譜に連なる神なのである。

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