最終章 セカンドライフ
朝の空気は、少し冷たかった。
オサムはネクタイを締め直し、玄関で一度だけ深呼吸をした。
もう、この動作に震えはない。
扉を開けると、朝日が差し込んできた。
眩しくて、思わず目を細める。
――日和は、この光を浴びることができなかった。
そう思うと、胸の奥が静かに痛んだ。
だが、その痛みはもう、彼を止めるものではなかった。
駅までの道を歩きながら、オサムはふと、窓のある建物を見上げた。
特別な理由はない。
ただ、そうするのが習慣になっていた。
誰かに見られているかもしれない、という感覚。
それは重荷ではなく、支えだった。
電車に揺られ、街へ出る。
人の流れに身を任せながら、オサムは思う。
自分は、特別な人間ではない。
営業成績が劇的に上がったわけでも、
人生が突然うまくいくようになったわけでもない。
それでも、以前とは決定的に違うことが一つあった。
――生きている、という実感。
失敗してもいい。
怒られてもいい。
走り続ける理由が、今ははっきりしている。
昼過ぎ、商談を終えて外に出ると、空はよく晴れていた。
雲一つない青。
オサムは、ほんの一瞬だけ立ち止まり、空を見上げた。
「……今日も、いい日和だな」
誰に聞かせるでもない言葉だった。
日和はもう、いない。
だが、彼女の人生は、確かにここにある。
太陽の下を歩く足取りの中に。
街を走る背中の中に。
そして、これから先の時間の中に。
オサムは再び歩き出した。
誰かの代わりに始まった人生は、
いつの間にか、彼自身の人生になっていた。
セカンドライフは、やり直しではない。
受け継ぎ、歩き続けることだ。
今日もまた、
彼は、太陽の下を生きていく。
セカンドライフ イミハ @imia3341
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