第5話 目覚めの部屋

 目を開けると、白い天井があった。

 病院ではない。

 消毒液の匂いも、機械音もない。

 代わりに、微かに甘い香りが漂っていた。

 紅茶だ、とオサムは思った。

「……起きましたか」

 声は、思っていたより近くから聞こえた。

 首を動かすと、ベッドの脇に椅子があり、

 そこに一人の少女が座っていた。

 年は二十歳前後だろうか。

 長い髪、白い肌。

 落ち着いた表情をしているが、どこか影がある。

「……ここは」

「私の家です」

 即答だった。

 夢かと思った。

 だが、身体の痛みははっきりしている。

「助けて、もらったんですか」

「ええ」

 少女は、そう言って小さく頷いた。

 沈黙が落ちる。

 気まずさというより、必要以上に言葉を使わない静けさ。

 しばらくして、彼女は言った。

「あなたが捨てた命、私がもらいます」

 意味が分からなかった。

 聞き返そうとしたが、喉が乾いて声が出ない。

 少女は、それを見越したように水を差し出した。

「無理に話さなくていいです。今日は休んでください」

 その口調は、命の恩人というより、

 すでに決まった何かを告げる人のものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る