第11話『白亜の塔、狂信の歯車』
帝都ロンディニウムの
煤煙と汚泥に塗れた
『
白大理石と真鍮で築かれたその威容は帝都の科学と信仰の頂点であり、この国の全ての歯車を支配する中枢だ。
その最上階、第13魔導研究室。
無菌室のように白く、薬品とオゾンの匂いが漂う部屋で、一人の男がモニターを覗き込んでいた。
「……酷いな。スクラップだ」
男の名は、ゼルエル枢機卿。教会の最高幹部の一人であり、『
白衣の上に聖職者のストールを掛け、片目は真鍮製の義眼に置換されている。
彼の目の前の机には、先日スラムで回収された『装甲蒸気車』の残骸の一部――ひしゃげた装甲板が置かれていた。
「報告書には『金髪のシスターによる一撃』とあるが……」
「は、はい。枢機卿。目撃証言とも一致します」
傍らに控える助手が、震える声で答える。ゼルエルは義眼のレンズを回し、装甲板の断面を拡大解析した。
「……魔力による爆破痕ではない。熱による溶解でもない。これは純粋な『質量』と『運動エネルギー』による物理破壊だ。この厚さ50mmの強化装甲を、ただの鈍器で粉砕したと言うのか?」
ゼルエルは低い笑い声を漏らした。
恐怖ではない。歓喜だ。
「素晴らしい……! 我々が実用化している『
彼は立ち上がり、壁一面のガラスケースへ歩み寄った。
そこには、ホルマリン漬けにされた無数の「失敗作」たちが並んでいる。あるものは腕が銃になった赤子。あるものは脳髄に歯車を埋め込まれた老人。
どれもが拒絶反応で異形化し、死んでいる。
「我々が目指す『
「そ、そこで報告なのですが……そのシスターについて、妙な噂が」
「言ってみろ」
「はっ。……銃撃を受けた際、傷口が一瞬で塞がったと。まるで魔法のように……」
助手の言葉に、ゼルエルは鼻で笑った。
「魔法などない。あるのは物理法則だけだ。だが、興味深いな。
ゼルエルの義眼が、妖しい赤色に輝いた。
「『局所的エントロピー逆行』。 我々が理論上でしか到達していない、永遠の命への解答だ。あれは魔法などではない。『メンテナンスフリーの永久機関』だ」
ゼルエルは恍惚とした表情で、虚空を掴むような仕草をした。彼の目には、ダヴという少女は映っていない。
そこにあるのは、解明すべき「未知のテクノロジー」と、解体すべき「極上のサンプル」だけだ。
「で、では、直ちにスラムへ『
「馬鹿者が」
ゼルエルは冷たく吐き捨てた。
「あんな汚い掃き溜めで大立ち回りを演じれば、王室や新聞社の耳に入る。ただでさえ『子供の神隠し』の噂が立っているのだ。これ以上の目立つ行動は避けろ」
「は、はい……申し訳ありません」
「それに、相手は単騎で装甲車を沈める、推定『第四世代』クラスの怪物だ。量産型の雑兵を何百人送ったところで、鉄屑が増えるだけだろう」
ゼルエルは机に戻り、一枚の書類を手に取った。そこには『実験体No.2:セイレーン』と記されている。廃棄処分予定の判子が押された、失敗作のリストだ。
「……餌を撒こう」
彼はサディスティックな笑みを浮かべた。
「地下水道に廃棄予定だった『歌姫』を解放しろ。リミッターを外してな」
「し、しかし! あれを制御なしで解き放てば、地下水道一帯の住民が発狂します!」
「構わん。スラムの住人など、ドブネズミと同じだ。むしろ、被害が拡大すればするほど、あの『正義感の強い聖女様』は釣れるだろう?」
ゼルエルは書類にサインをし、助手に投げ渡した。
「行け。舞台を整えろ。今度こそ、この美しいサンプルを私の解剖台に乗せるのだ」
* * *
同時刻。イーストエンド、地下水道入口。
雨水と生活排水が流れ込む巨大な地下迷宮の奥底で、「それ」は目を覚ました。
かつて人間だったモノ。今は喉に巨大なスピーカー状の発声器官を埋め込まれ、両手が鋭利な爪に変異した異形。
『ア……アァ……』
ノイズ交じりの吐息。暗闇の中で、複数の赤い目が点灯する。
歌いたい。脳髄に刻まれた
彼女は泥水の中を這いずりながら、地上へと続くマンホールを見上げた。獲物が来るのを待っている。自分を壊してくれる、愛しい捕食者を。
歯車は回り始めた。帝都の闇が、一人の修理屋を飲み込もうとしていた。
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