第12話『銀色の殴打管、錆びついた噂』
外は相変わらずの雨。
だが、今の俺の耳には雨音など届いていない。
『からくり堂』の奥にある作業場。炉の火が赤々と燃える中、俺は金床に向かい、ハンマーを振るっていた。
カァン!! カァン!!
叩いているのは、スクラップ置き場から拾ってきたクズ鉄だ。だが、ただ叩いているだけではない。
俺は【至高の鍛冶】を発動し、鉄の中に微量に含まれるクロムやニッケルといった成分を強制的に偏らせ、分子結合を書き換えている。
この世界(19世紀レベル)の技術では、鉄はいずれ錆びる。
蒸気と湿気に満ちたこの帝都では、全ての金属が赤茶色に朽ちていく運命だ。だが、俺の知識にある「未来の配合」は違う。
「……構造、固定。焼き入れ完了」
俺は真っ赤に焼けた鉄の棒を、油の入った桶にジュッ! と突っ込んだ。
白煙が晴れると、そこには白銀色に輝く一本のパイプが現れる。
これぞ、前世の記憶にある奇跡の合金『ステンレス鋼』。錆びない、汚れない、そして硬い。俺はそれを旋盤にセットし、さらに加工を加えた。
狙う形状は、極限までシンプルで、かつ誰にでも扱える打撃武器。
中空構造にして軽量化し、内部には「ある仕掛け」を施す。
(……俺の筋力はEランクだ。まともに殴っても、鎧を着た騎士や化け物には弾かれる)
だから、
俺はパイプの中に、スクラップから集めた「微小な鉄球」を、全体の3割ほど流し込み、厳重に密閉した。
いわゆる『
これにより、打撃の反動を打ち消し、体重の軽い俺でも「全体重を乗せた一撃」以上の衝撃を叩き込める。
仕上げに、パイプの先端付近に空気抜きのスリットを刻み、グリップには滑り止めの革を巻く。
「……よし、できた」
俺は出来上がったばかりの『真鍮装飾・ステンレス打撃管』――命名『シルバー・スラッガー』を手に取った。
美しい流線型。重心のバランスは完璧。俺は作業場の空間に向けて、軽く素振りをしてみた。
ジャラッ……ヒュンッ!!
振った瞬間、内部で鉄球が移動する音がして、先端に重みが走る。これならいける。
「……それにしても」
俺は改めてその形状をしげしげと見つめた。グリップから先端にかけて太くなるシルエット。先端の丸み。
「……これ、ただの『金属バット』じゃねーか!?」
俺は思わず一人でツッコミを入れた。排気スリットや真鍮の飾りでスチームパンクっぽく誤魔化しているが、どう見ても前世で野球少年が振っていたアレだ。
いや、機能美を追求するとここに行き着くのは分かるが……異世界で金属バットをフルスイングする修理屋。絵面がシュールすぎる。
「……まあいい。使えればなんでも」
俺は気を取り直し、バットを肩に担いだ。
カラン、コロン。
その時、店のドアベルが鳴った。作業着のまま店へ出ると、そこには先日情報をくれた「情報屋」の男が立っていた。ひどく濡れていて、顔色が悪い。
「……よう。今日は修理の依頼か?」
「いや……旦那、あんたに忠告しに来たんだ」
情報屋は震える手で、カウンターに銅貨を数枚置いた。
情報料を払うのは俺の方だというのに、彼は逆に金を置いてきたのだ。
「この前の『地下水道の歌』の話……。俺の仲間がやられた」
「なんだと?」
「興味本位で様子を見に行ったんだよ。そしたら、マンホールの下から『赤い目』が見えて……美しい歌声が聞こえて……」
情報屋はガタガタと震え出した。
「仲間は笑いながら、自分の指をナイフで切り落とし始めたんだ。『捧げなきゃ』って……。俺は怖くなって逃げた。……旦那、あの地下にはヤベェのがいる。教会の連中も、地下水道への入り口を封鎖し始めてるらしい。あんた、あそこには絶対近づくなよ」
情報屋はそれだけ言い残すと、逃げるように雨の中へ去っていった。店内に残されたのは、俺と、銀色の金属バット。
俺はバットの柄を強く握りしめた。
(……教会が封鎖している? 逆だろ)
これは罠かもしれない。
あるいは、逃げ出した実験体の処理か。どちらにせよ、被害が出ている以上、放っては置けない。
俺の中のカートリッジたちがざわつく。
オウルが『興味深い』と囁き、コンドルが『潰させろ』と唸る。だが、今の俺は侵食のリスクを抱えている。できることなら、変身せずに解決したい。
俺は銀色のバットをベルトのホルダーに差した。作業着の上から、防水加工したロングコートを羽織る。
「……プレイボールといくか」
俺は呟き、ライターで煙草に火をつけた。目指すはイーストエンドの最深部、地下水道への入り口。
バット一本で「お化け退治」なんて酔狂にも程があるが、今の俺にはちょうどいいハンデだろう。
次の更新予定
鉄屑世界の修理屋 天然ソーダ水 @kyo_kageyata
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