第09話『鉄槌のミサ、救済』

 雨脚が強まる中、スラムの広場は異様な静寂に包まれていた。

 対峙するのは、蒸気を噴き上げる最新鋭の強化外骨格を纏った教会騎士たち。

 そして、身の丈ほどもある巨大なメイスを担いだ、小柄なシスター。


「……ふざけやがって」


 騎士の一人、隊長格の男が低く呻いた。


「どこのサーカスだ? その張りぼてのような武器で、我ら『科学派』の騎士に勝てるとでも?」


 彼らの装備はCランク相当。蒸気ピストンによる筋力補助があり、その一撃は鉄骨をもひしゃげさせる。対して、目の前の少女の腕は、折れそうなほど細い。


 No.4『ダヴ』に変身したボクは、あくびを噛み殺しながら答えた。


「張りぼてかどうか、試してみれば? でも、早くしてよね。この服、汚れが目立つから嫌いなんだ」

「……異端者が。死ね!!」


 蒸気が噴出する爆音と共に、騎士が突っ込んだ。速い。強化スーツの推力で加速された警棒が、ボクの脳天めがけて振り下ろされる。


(……よける? いや、無駄だ)


 ボクの中にあるレンお兄ちゃんの戦闘思考が、最適解を弾き出す。 この『ダヴ』という器は、敏捷性(AGI)が低い。小回りが利かない。

 だから、このビルドのコンセプトは単純だ。 「やられる前にやる」。それだけ。


 ボクは回避行動を取らず、正面からメイスを振り上げた。


 ドスッ!!


 鈍い音が響いた。

 騎士の警棒が、ボクの左肩に深々とめり込む。鮮血が飛散し、白い修道服を赤く染める。


「――貰った!!」


 騎士が勝利を確信し、さらに警棒を押し込もうとした。

 だが、ボクは眉一つ動かさなかった。痛みはある。でも、それがどうしたの?


 シュゥゥゥ……。


 傷口から黄金色の蒸気が立ち昇る。 めり込んだ警棒を再生した肉体が押し返し、断裂した血管がビデオテープを巻き戻すように繋がっていく。

 スキル発動なんて必要ない。 『聖女の加護オート・リジェネ』。 毎秒、最大HPの5%を自動回復し続ける常時発動型スキル。


「な……!?」


 騎士が驚愕に目を見開く。ボクのHPバーは、減った瞬間に満タンに戻っている。

ボクは退屈そうに呟いた。


「……ねえ。君の攻撃、軽いんだけど」


 ボクは振り上げていたメイスを、何の技術もなく、ただの暴力として振り下ろした。


「ペラペラだね」


 ドゴォォォォォン!!


 空気が破裂する轟音。

 巨大な鉄塊が、騎士の頭上から直撃した。強化スーツの装甲板が飴細工のように砕け散り、中の人間ごと地面に「めり込む」。悲鳴を上げる暇すらなかった。

 騎士だった物体は、ただの鉄屑の塊となって泥道に沈んだ。


「……はい、一人目」


 ボクはメイスを地面にトンと置いた。

 ズズン、と地面が揺れる。


 広場に残された騎士たちが、後ずさりする。


「な、なんだコイツは!?」

「傷が治るぞ! 不死身か!?」

「それに、なんだその馬鹿げた筋力は!!」


 彼らの常識では理解できないだろう。普通のヒーラーは、後衛で味方を守るものだ。

 だが、ボクレンはソロプレイヤーだ。守るべき味方なんていない。

 だから、リソースの全てを「耐久」と「筋力」に極振りした。 テクニック不要。回避不要。

 ただ棒立ちで殴り合えば、相手が先に死ぬ。 それが、攻略サイトで『最強の脳死周回ビルド』と呼ばれた、安定と暴力の結論だ。


「さあ、懺悔の時間だよ」


 ボクはメイスを引きずりながら、深いわだちを刻みながら、装甲蒸気車へと歩みを進める。


「撃て! 撃ち殺せ!!」


 残りの三人が、魔導銃を一斉射撃する。

 弾丸がボクの腹を、太腿を、頬を貫く。痛い。すごく痛い。

 でも、ボクの足は止まらない。 穴が開いた端から、黄金の光が肉体を埋めていく。


「無駄だよ。ん? 回復魔法?」


 ボクは血濡れの顔で、聖女の微笑みを浮かべた。


「ああ、勘違いしないでね。これはボクが死なないためにかけてるんだよ。君たちのためじゃない」


 効果の高い範囲系の回復魔法すら最低限にしか使えないステータス。だけどその効果は絶大だ。

 そして距離がゼロになり、 ボクはメイスを横に薙ぎ払った。


「邪魔!!」


 ズガァァァァァン!!


 一撃。

 騎士三人がまとめて吹き飛び、背後の装甲蒸気車のキャタピラごと粉砕された。黒煙が上がり、鋼鉄の要塞が傾く。


 静寂が戻る。広場には、ボクの荒い息遣いと、雨音だけが残った。


「……あーあ。服、血だらけじゃん」


 ボクは自分の姿を見下ろして、ため息をついた。さっきお風呂に入ったばかりなのに。


 ボクは傾いた蒸気車の後部ハッチへ向かった。分厚い装甲扉がロックされている。

 鍵? そんなの探すわけないじゃん。


 ギギギ……ガキンッ!


 ボクは素手で装甲板の隙間に指をねじ込み、無理やり抉じ開けた。金属が悲鳴を上げ、ヒンジが弾け飛ぶ。


「……ひっ」


 暗い車内から、小さな悲鳴が聞こえた。

 そこには、狭い檻に押し込められた十数人の子供たちがいた。リズと、あの少年もいる。全員、恐怖で震えている。

 無理もない。外で「何か」が暴れる音がして、ドアを破壊して入ってきたのが、血まみれのシスターなんだから。


 ボクはメイスを放り出し、慌てて血を袖で拭った。できるだけ、優しく。

 No.4『ダヴ』に設定された「慈愛」のプログラムを総動員して。


「……もう大丈夫だよ」


 ボクは檻の鍵を指先でねじ切ると、リズの前に膝をついた。


「悪いお医者さんたちは、もういないから」

「……お、お姉ちゃんは……天使様?」

「んー、どっちかと言うと死神に近いかもね」


 ボクは苦笑しながら、リズの痩せた胸に手を当てた。肺の中で、錆びついた音がする。


(……ひどいな。あと数日遅かったら手遅れだった)


 ボクは魔力を集中させる。No.3オウルのような複雑な計算はいらない。 これは、ただの「祈り」だ。


「……『聖域展開サンクチュアリ』。対象の異常状態を初期化する」


 温かい光が車内を満たす。

 リズだけでなく、周囲にいた子供たちの顔色も劇的に良くなっていく。

 咳が止まり、呼吸が深くなる。これが、No.4の本質。破壊のための再生ではなく、本来あるべき「救済」。


「……すごい。苦しくないよ……!」


 子供たちの歓声を聞きながら、ボクはふらりと立ち上がった。

 視界が揺れる。まずい。MP(精神力)の限界じゃない。「人格」の限界だ。

 ダヴの自我が、お兄ちゃんレンの思考を塗りつぶそうとしている。これ以上は戻れなくなる。


(……帰ろう。変身が解ける前に)


 ボクは子供たちに「早く家に帰りな」と告げると、逃げるようにその場を去った。

 背中で「ありがとう!」という声が聞こえた気がしたが、振り返らなかった。


        * * *


 路地裏の影。 俺は変身を強制解除した。


 シュンッ……。


 聖女の姿が光の粒子となって霧散する。 同時に、修道服を赤く染めていた大量の返り血も、光と共に空中に溶けて消えた。


 後には、薄汚れた作業着を着た俺だけが残る。 服に汚れはない。血一滴ついていない。


「……オ゛ォッ」


 俺は泥水の中に膝をつき、嗚咽した。

 服は綺麗だ。 だが、「感覚」が残っている。皮膚の表面に、生温かい他人の血がへばりついている感触。撃たれた時の肉が裂ける幻痛。


「……気持ち悪い」


 俺は自分の腕を力任せに擦った。

 取れない。物理的な汚れじゃないから、擦っても消えない。潔癖な俺の神経が、悲鳴を上げている。


「あいつ……ゲームじゃないんだぞ……」


 俺は震える手で、ポケットからライターを取り出した。

 何度か失敗して、ようやく火がつく。紫煙を吸い込むと、少しだけ手の震えが止まった。


 今日は風呂に入り直さないとダメだな。たとえ数日使う予定の湯でも、今日ばかりは沸かし直そう。


 俺は誰にも知られぬよう、雨の路地裏を店へと急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る