第06話『異邦人の肉体、錆びつく街の祈り』
夢から覚めた俺は、洗面台の鏡の前で自分の顔を検分していた。
黒い髪。黒い瞳。
黄色がかった肌。
どこにでもいる、平均的な東洋人の顔立ち。
それが、この異世界における俺――No.5『クロウ』の
【Name: Crow (No.5)】
Class: Crafter (生産職)
STR (筋力): E
VIT (耐久): E
AGI (敏捷): E
INT (知力): C
LUCK (運): D-
「……相変わらず、思い出すだけで落ち込む数値だ」
女神は言った。『貴方が愛した6つの仮面を魂の代用にしましょう』と。
その言葉通り、今の俺の肉体は、ゲーム時代に「倉庫兼生産用」として作ったキャラクターそのものだ。
この身体は、元の世界の俺(九十九 蓮)を忠実に再現して作られている。
だからこそ、弱い。
コンドルのような鋼鉄の鎧も装備出来なければ、オウルのような頭脳もない。
路地裏でチンピラにナイフで刺されれば死ぬし、腐った水を飲めば腹を壊す。
それに加えて、この「黒髪黒目」だ。
この世界において、東洋的な容姿を持つ人間は極めて稀だ。
「東の果てにある未開の島国から流れてきた」とか「呪われた血筋」だとか、ろくでもない偏見を持たれることが多い。
だから俺は、普段は極力目立たないように、物陰を、うつむき加減に歩く癖がついた。
「……痛むな」
俺は右足をさすった。
先日オウルに変身した際、絶対零度の冷気に晒された箇所だ。
外傷はない。だが、骨の芯に冷たい鉛が入っているような違和感が消えない。
レンの耐久値(VIT)では、変身解除後の反動を完全には受け止めきれないのだ。
「湿布でも貼っておくか……」
俺はため息をつき、着古した作業着に袖を通した。
* * *
その日は、朝から食料の買い出しに出た。
スラム街の市場は、今日も煤⦅すす》と腐敗臭、そして活気に満ちている。
「おい、レン! 今日はいい鉄屑が入ったぞ!」
「いらねえよ。先週買ったパイプもまだ余ってる」
顔馴染みの古物商に手を振りつつ、俺はパンと乾燥肉、そして安物の野菜を籠に入れる。
すれ違う人々が、俺の顔を見てヒソヒソと囁くのが聞こえる。
「見ろよ、あの目。気味が悪い」
「『鉄人』が出入りしてる店の主だってよ」
「ああ、あの化け物使いか……」
「『青い鳥』つったか? 他にも化け物がいるのかもね」
恐れと好奇心、そして差別意識が入り混じった視線。
俺は帽子を目深にかぶり直し、足早に通り過ぎる。
慣れてはいるが、愉快なものじゃない。
ふと、路地の片隅に人だかりができているのが見えた。咳き込む音と、子供の泣き声。
「……おい、しっかりしろ! 誰か、医者はいないか!」
野次馬の隙間から見えたのは、泥だらけのボロ布を纏った孤児の少女だった。
年齢は十歳くらいか。痩せこけた体が、激しく痙攣している。
そして、その口元からは――赤錆のような血が吐き出されていた。
(……『
この帝都特有の風土病だ。
工場の煤煙と、漏れ出した微量の|魔素⦅マナ》を吸い込み続けることで、肺胞が金属のように硬化し、機能不全に陥る病。
貧民街の子供たちにとっては、死刑宣告に等しい。
「退いてくれ!」
俺は反射的に人混みをかき分けていた。
少女のそばに膝をつく。肌は燃えるように熱い。
俺はポケットから革製の水筒を取り出し唇を湿らせてやるが、焼け石に水だ。
「……旦那、あんた修理屋だろ? 直してやってくれよ!」
「機械じゃねえんだぞ! 人間だ!」
俺は叫び返したが、無力感が胸を締め付ける。
俺のスキル【至高の鍛冶】は、折れた鉄骨や壊れた蒸気機関くらいならほとんど直せる。
だが、生身の肉体だけは修理できない。
俺はただの「職人」であって、「医者」ではないのだ。
「……教会へ連れて行け! 施療院なら助かるかもしれん!」
「無駄だ! あそこは金のない奴は門前払いだ!」
「それに、最近の教会は『科学派』に押されて、まともな奇跡なんて使える神父はいねえよ!」
絶望的な会話が飛び交う中、少女の呼吸はどんどん浅くなっていく。
肺の中で、錆びついた歯車が軋むような音がする。
(……死ぬのか? このまま?)
俺の腕の中で、小さな命が消えようとしている。
俺は唇を噛み締めた。
直せる。
俺の中には、あらゆる傷と病を癒やす「聖女の力」を持つカードがある。
No.4『ダヴ』。
金髪のショートヘアに、中性的な顔立ち。少年のような服装をした、敬虔なシスター。
彼女の使う【
だが、ここで変身すればどうなる?
衆人環視の中で、薄汚れた東洋人の修理屋が、光り輝く聖女に変わる。
それはR.C.S.M.だけでなく、異端審問官たちの目も引きつけるだろう。
『科学派』が牛耳るこの帝都で、本物の奇跡を使う者が現れれば、間違いなく実験動物として狩られる。
(……くそっ!)
俺は少女の手を握りしめることしかできなかった。
その時だった。
「――どいて! おじさんたち!」
人混みを割って飛び込んできたのは、少女の仲間らしき浮浪児の少年だった。
手には盗んできたのだろうか、高価そうな薬瓶が握られている。
「これを飲めば治るって聞いたんだ! 飲め!」
少年は震える手で、少女の口に紫色の液体を流し込んだ。
劇薬かもしれない。だが、今はそれに賭けるしかない。
数秒後。
少女の痙攣が収まり、荒い寝息へと変わった。
どうやらただの咳止めシロップではなく、強力な鎮静剤だったらしい。根本治療ではないが、峠は越えた。
「……助かった、のか?」
安堵の空気が場を包む。
俺はへたり込みそうになるのを堪え、立ち上がった。
手のひらには、少女の吐いた錆色の血がべっとりと付着していた。
* * *
店に戻った俺は、井戸水で何度も手を洗った。
冷たい水で冷やしても、あの時感じた「死の熱」が指先から消えない。
「……無様だな」
タオルで手を拭きながら、俺は自嘲した。
最強の
それが、No.5 クロウという器の限界だ。
俺は工房の椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
脳内のカートリッジには、まだ使っていないカードたちが眠っている。
その中の一枚。No.4『ダヴ』。
幼い外見と、あまりに純粋すぎる信仰心ゆえに、俺が「妹」のように扱っていたキャラクター。
「……この街には、錆が多すぎる」
機械の錆なら俺が落とせる。
だが、人の命を蝕む錆は、俺の手には負えない。
今の帝都には、びっしりと病巣がこびりついている。今日のような場面は、これからも何度でも訪れるだろう。
その時、俺はまた見ているだけで済ませられるのか?
「……準備だけは、しておくか」
俺は共有ストレージを開き、奥底にしまっていた「聖書」と「巨大なメイス」の感触を確かめた。
もし、次に俺の手の届く範囲で誰かが死にかけたなら。
その時は、リスクを冒してでも「祈り」を捧げる必要があるかもしれない。
俺は自作のライターを取り出し、震える手で煙草に火をつける。
紫煙の向こうに、金髪のシスターが悲しげに微笑んでいるような気がした。
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