あいまいな景色 ~「白雪姫の家族」二次創作~
京野 薫
「たまたま」と「偶然」
お星様の速さは秒速数キロから数百キロ。
地球からお月様まで二時間で到達する早さの物もあるらしい。
私はそんな事を考えながらあの人……和樹さんが帰った後の、温度の下がった部屋で一人、夜空を見上げる。
和樹さんの誕生日パーティ。
大切な家族同然の人。
その人のお祝いが出来た。
楽しい時間だった。
私に向ける笑顔は信頼に満ちている、と自惚れじゃなく思う。
なのに……
ホッとため息をつきながら夜空のお星様にまた目を向ける。
「玖条白雪……」
自分の名前をポツリとつぶやく。
玖条家に引き取られてからの密かなクセ。
……いや、かすかな抵抗。
こうして氏名をつぶやくと、玖条家の人間である自分をちょっぴり離れた所から見つめられる。
それがちょっとだけドキドキして、スッとして……悲しくなる。
分かってるのにやってしまう。
リビングに目を向けて、テーブルに置いてある食器を見る。
和樹さんは何度も食器を洗う事と、一緒に片付ける事を提案してくれたけど、私が断ったのだ。
誕生日の人はお客様。
おもてなしする人に負担はかけたくない。
それに……
私はテーブルの上の和樹さんが食べ終わった食器を見る。
落ち着いてて、紳士的で知的で……
良い年齢の重ね方をした男性はあんな風になれるんだな。
そんなドキドキを感じさせてくれる人。
そんな人の食器は案外ソースや食べ残しで乱れていた。
それが可愛らしい。
そして、それを微笑みながら片付けて洗う自分が何故か嬉しくなる。
……なんでだろう。
分からないけど、和樹さんが食べている姿。
そして、食べ終わった姿。
安心しきった表情。
それらをずっと覚えていたいのだ。
……お父さんに対して、皆さんそうなのかな?
今度雪奈さんに聞いてみようかな……
あの方なら、的確な気付きをいただける気がする。
そう思いながら片付けていると、身体が温まってきて一人の部屋のヒンヤリした空気が紛れる。
いつからだろう、一人がもっと嫌になったのは。
あの人に会うまでは嫌だったけど、まだ割り切れた。
でも、今は……辛い。
ボンヤリと先ほどの事を思い出す。
あれって……
私が言った言葉。
(もし叶うならこれからもよろしくお願いします。和樹さんができる範囲で、でいいので)
そう言った後。
なぜか分からないけど、和樹さんは呆然とした。
そして私をじっと見ていた。
あの目……
今までとは違った。
でも嫌じゃない。
なんだろう?
嫌じゃ……ない。
だから、彼の目を見ていた。
なぜそうしたか分からないけど、微笑みながら彼の目を見た。
あの時。
私は自分の瞳で嘘をついたような気がして怖かった。
怖かったけど……何かを待っていた。
あれって……
「あの人は……お父さん……みたいな人」
つぶやいたその言葉は温度の下がった部屋の中で、埃みたいに舞う。
そして、身体の冷えた自分がブロンズ像のように感じる。
……だめ。
私はちいさく首を振ると、食器をどんどん洗い始める。
終わったらシャワーを……
●○●○●○●○●○●○●○●○
「……ねえ、姫様。大丈夫? 今日は早く休んで……」
隣を歩く雪奈さんが心配そうに言うのに気付いた私は、慌てて笑顔になる。
「ごめんなさい、大丈夫です。昨夜面白い本があってつい……」
なぜかうろたえた私は、ごまかすように背後の聖華高校の校舎を見る。
見慣れた校舎にホッとする。
昨夜は……不安で眠れなかった。
昨夜考え事をしていた自分。
それがまるで別の生き物に思えて、急に不安になった。
家族同然の尊敬できる男性。
人生の事やその見識から学びたい、と思っている人生の先生。
そんな和樹さんの瞳が妙に頭を離れない。
あの時……彼のちょっとだけこっちに伸びたように見えた……手。
あれが忘れられない。
和樹さん……また、相談したい事、あったような……
うん、相談したい。
その時、急に首元に滑らかな感触がして、思わず「ひゃっ!」と声が出た。
「……姫様、やっぱり真っ直ぐ、パパッと帰りましょうね。で、早く寝てください」
「……そうします」
訳も無く顔が赤くなる。
雪奈さんの言うとおりだ。
こんなんで和樹さんに会ったらあの人にご迷惑だ。
あの人は……尊敬する……
それから雪奈さんと別れて、一人歩いてたけどなぜかマンションの近所をウロウロ。
あのお部屋に帰るのが妙に……寒い。
まだ幼いころ。
本当の両親と暮らしてた頃。
クリスマスやお正月、お誕生日会……ささやかながらも、終わった後の切ないような寂しいような、妙な温度の低さが嫌いだった。
だから、父の近くにくっついて甘えた。
それを思い……出す……
私は首を振る。
どうしよう……全然……
そう思いながらふと顔を上げた私は、視線が目の前に止まった。
……え?
視線の先には一件のカフェ。
そこに……和樹さんが居た。
そして……隣にはショートカットの……女性。
お姉さんじゃない。
私は慌てて後ろを向いて歩き出す……はずだった。
●○●○●○●○●○●○●○●○
「……まさか、白雪に会うなんて。……呼び止めてごめん」
「いいえ、私こそ図々しくお邪魔しちゃって」
そう答えながら、私は自分の心臓の音が聞こえていないか、気が気でなかった。
あの後。
歩き去ろうと思いながら、なぜか私は足が震えるくらいドキドキしながら……和樹さんと女の人の近くを「たまたま」歩いた。
そして……和樹さんと視線を「偶然」合わせた。
そして……こうなった。
向かいの席には和樹さんと女の人。
反対側には私。
……なんでだろ、寒いな。
私はアイスティーを飲みながら、向かいに座る女性を見る。
……Free birdのガーネットネックレス。
ローズゴールドの桜デザインのブレスレットはORIKIN。
フッと自分のマンションにあるアクセを思い浮かべる。
気がつくとそれと比較し、ホッとしている自分に気付いて顔が赤くなる。
まるで玖条の人間みたいだ……
「あの……こちらの方は」
女性が私を見ておずおずと言う。
「ああ、こちらは玖条白雪さんと言って、同じマンションの人なんだ。ちょっとある事情で知り合ってね。それからは勉強を教えたりしている」
「へえ……勉強……でも、すごくしっかりしてそうだから、必要なさそう……」
女性は穏やかな笑顔で私を見る。
優しそうな人……
私は同じように微笑みながら見る。
「そんな事ありません。和樹さんには教えていただきたい事、沢山あります」
そういった後、フッと思い立った。
あ、そうだ……忘れない……うちに、だよね?
「あの……昨日のお誕生日会、楽しかったですね。で、ジャケット……ありがとうございます」
「……へ?」
和樹さんが戸惑ったような返答をする。
私はさらに心臓がドキドキする。
視線が彷徨う。
「あの……早速着てくださったんですね。ジャケット……うれしいです」
「……え? そのジャケット、この子のです? ……わあ、すごい……」
「いえ、拙いものですが……いつもお世話になっている……お返しを」
それから私は二人が話すのをじっと聞いていた。
結局女性が誰なのか聞けなかった。
和樹さんが話そうとすると、席を立ったり話を変えてしまったから……
●○●○●○●○●○●○●○●○
お店を出た後、女性はお仕事があるとのことで、別方向に歩いていった。
「すまないな。付き合せちゃって……つまんなかっただろ?」
「いいえ。大人の方のお仕事のお話聞けたので、楽しかったです」
「……なら良かったが」
私は俯いて歩いていた。
子供の頃。
両親に酷く駄々をこねて、おもちゃを買ってもらった事がある。
あんなに欲しかったはずなのに、折れておもちゃを買っている両親の姿を見て、嬉しさが消えた。
そして、そのおもちゃは結局遊ばなかった。
……ううん、遊べなかった。
私の「悪い事」を見せ付けられているようで……
顔を上げると、少し離れた所にコンビニがあった。
「……汗かいてるけど大丈夫か? アイスでも食べるか」
和樹さんの言葉が耳を素通りする。
代わりに私は言った。
考えも無く。
「私……買ってきます。欲しいのあります?」
「俺はあずきバーでいいよ」
「……はい」
私は歩いていった。
そして店内に入ると、あずきバーを見ないふりしてバニラのアイスバーを一本買った。
「お待たせしました。……ごめんなさい、あずきバー品切れで……」
「そうか、仕方ないよ。じゃあ、白雪が……」
「先に食べて下さい。ご迷惑かけたし、そのくらい……」
「え? いや……でも……」
「大丈夫です。和樹さんの食べてないとこ、頂きます」
そう言って私はニッコリと微笑む。
やがて和樹さんはアイスバーの右端を少し食べた。
「……はい、どうぞ。有難う、美味しかったよ」
「……お気になさらず」
私は和樹さんが視線を逸らした時に、そっとアイスバーの右端を食べた。
また汗、かいちゃった。
帰ったらシャワー浴びないと……
マンションに帰った私はシャワーを浴びながら、考える。
昨日の事、今日の事。
分からない事だらけ。
ただ、私は……心のどこかではその答えを知ってる気がした。
でも、考えるのをやめた。
私はシャワーを止めて、鏡に映る自分の全身をじっと見る。
私は……わたし……
ちいさく首を振るとまたシャワーを勢い良く出す。
そのお湯の勢いに自分を溶かそうとするように。
……また、来てもらおう。うちに。
だって、尊敬する男性だから。
教えてもらいたい事、一杯ある。
そう……尊敬する人だから。
あいまいな景色 ~「白雪姫の家族」二次創作~ 京野 薫 @kkyono
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