野球を一ミリも知らないのに異世界で野球無双しちゃった〜スライダーは横曲がり〜

まさやん@趣味垢

第1話 神の御技〜ベースボール〜

 ——目が覚めた時、僕は自分が死んでいることに気がついた。


「あら、気がついたかしら」


 何故なら、如何様にも表現し難い女性が、光のオーラのようなものを纏って宙に浮いているのを目の当たりにしているからだ。

 しかも大きな白い翼を背に携えている。翼もやけに生々しいと言うか、ウイングガン◯ムが実際にいたら、こんな感じなのだろう。

 したがって僕の目の前に広がっている光景は、ものすごく非現実的である。なんやねんこれ。

 なんだったら光が眩し過ぎて目を開けてられない。女も半分見えていないような気がする。


「さて、三上 光一(みかみ こういち)くん、お察しの通り君は死んでいます」


 女はどどーんと指を差してくる。

 指を差されるのは不愉快だが、突きつけられた事実に関しては不思議と受け入れている自分がいた。


「やっぱ僕、死んでるんやね。やれやれ、短い人生やったな。てか自分めっちゃ眩しいから、もうちょい明るさ調整してくれる?」


 享年三十二歳——。両親も兄弟もいないから、死んでも誰も困らないのは救いだったか。

 気になることといえば、チームのプロジェクト、僕がリーダーをしていたのだが——どうなってしまうのか。まあそれも死んでしまっては意味がない。

 ああ、ごめんね、と女は光を調整してくれた。ようやく顔が見えた。

 

「なんだかすごくあっさり。ここにきた人間は、だいたいみんな泣いたり叫んだりしてるのだけど?」


「別に。なんも思わんわ。大方、仕事し過ぎて死んだのとちゃうの?」


「ううん。仕事帰りに風◯行こうとしたら、駅の階段でこけたのが原因。だっさーっwwwwwwwww」


 一応、これでも大手企業の中間管理職だったのだが、死因が恥ずかしすぎる。穴があったら——入りたい——。

 女はぷぎゃーと言わんばかりに笑いながら続ける。


「でもそんな君でも、第二の人生を全うするチャンスがきました! すごく特別なんだよ? なんでかわかるー?」


「なんでや?」


「つい先週のこと、あなたが助けた猫ちゃんのこと、覚えてる?」


「猫、ちゃん……?」


 そういえば、道路で固まってしまった猫を助けた記憶がある、それがどうかしたのだろうか。


「あれね、私のパートナーのエリザベス——ザベスちゃんなの。ザベスちゃんを助けてくれてありがとうね」


 女はぺこりと頭を下げた。僕はなんとも言えなくなり、居心地の悪さを感じてしまった。

 なんてことはない、それはただの気まぐれだった。あまりにも危ない状況だったし、目の前で死なれても困るというかなんというか、目覚めが悪い。

 ていうか、どうせ死ぬんなら猫を助けて死ぬほうがマシだった。なんだよ風◯行こうとした男が階段からこけて死ぬって。

 頭を抱えて唸っていると、女はだからねっ!——と力強く声を出した。


「本当ならあなたの魂は浄化されて、全く別の魂になるはずだったんだけれど! でも私のザベスちゃんを助けてくれたから、特別に私があなたの魂をここに呼び寄せたの!」


「そりゃどうも、ありがとさん。で、僕はいつ消えるんかいな?」


「本当にドライねあなた……。安心して、あなたは消えることはないわ。さっきも言ったでしょ? 第二の人生を全うするって。そう、これはいわゆる——」


「——いわゆる、異世界転生ってやつか! あんなん小説や漫画の話ちゃうの!?」


 ふふーんと、女は得意げに腕を組み鼻を鳴らした。


「それが私にかかれば現実になっちゃうのよね〜。か、感謝しなさいよねっ!」


「なんのツンデレや。しかし異世界転生か〜。なんや言うたら最近の漫画は、異世界異世界やけど、自分が当事者になるとまた違う感覚やな」


 実際、意味がよくわかっていない。死んだ自分が、フィクションの世界に入り込むのだから。全くもって現実感はない。


「まぁそこは慣れの問題ね。いいじゃん、異世界転生できるんだよ?」


「せやな。ほんなら転生したら、のんびり過ごさせてもらおうかな……好きなことをして過ごして、たまに働いて……そんなスローライフがええな」


 思い返せば、僕の人生は勉強に仕事に——寂しい人生だった。学生のころは部活もしたことがなく、ひたすら勉強勉強——アグネスもびっくりなくらい勉強に打ち込んだ。

 おかげで大手企業に勤めることができたものの、そこはとてつもなく激務だった——給料も使う暇もないくらいに、そして人間としての尊厳は皆無なほど、激務であった。

 そんな三十二年、親兄弟もいないわけだし——死んだところでなんの未練もないわけだ。


「あ、ところで、光一くん野球って知ってる?」


「野球? ちっこい球を棒で打つやつか? あんまり知らんな」


 突拍子もない質問だが、勉強に打ち込んでいた学生時代、野球なんてする暇もなかった。僕の知っている野球といえばそんなもんだ。


「そう、それ。異世界転生したら、野球で世界を救ってね。それが第二の人生の使命」


「え? どういうことやそれ、野球なんて一ミリも知らんぞ」


「いやぁ、それがね。あなたは転生できるんだけどね〜。なんか転生リストがごっちゃになっててさぁ、光一くんと間違って転生しちゃった人がいるんだよね。本来ならその人が野球で世界を救うんだけど」


 女はこめかみに指を当ててため息をつく。いや、ため息をつきたいのはこっちである。

 野球で世界を救うってどういうこっちゃねん。僕は抗議の言葉を発しようとしたその瞬間——。


「まぁ習うより慣れろだね! とりあえず知らなくてもなんとかなる! さぁ、いっておいで——!」


 その刹那、世界は光に包まれた。


「忘れないで、あなたの能力は——ゆる——っしつ——える」


 女の言葉が途切れていき、僕の意識もそこでぷっつり途絶えた。


 ——そして目覚めると、僕は草原に立っていた。


 空は青く、空気は澄み、遠くで村人らしき人々が集まっている。その中心には轟々と炎が黒煙をあげながら燃えていた。

 なんだこりゃ。これが異世界か? 確かに僕の住んでいた地域にはこういう光景は見られなかったが。

 僕は辺りを見渡したが、見慣れたものは何一つなかった。どこまでも広がる草原に、村人らしき人々が取り囲む炎。それくらいしかここにはない。

 と、途方に暮れていると、

 

「お待ちしておりました」


 後ろから、若い女性の声がした。振り向くと、そこにはラフな白いTシャツを着た、金髪ロン毛の女が立っていた。腰まで伸びているであろう金髪は、太陽の光をよく吸い込むような薄い色をしている。

 女はころころと笑いながら続けた。


「あなたが神の御技〜ベースボール〜において、最も伝説の投げ手といわれた男、三上光一ですね?」


「いやなに言うてんねん」


 いやなに言うてんねん、思わず地の文でも同じツッコミをしてしまった。

 この金髪女、イカれてんとちゃうんか。

 僕は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら口を開いた。


「……僕は確かに三上光一やけど、その、御技ってのはよく分からんし、今ここに来たばかりやねん。なんかの間違いちゃうか?」


「いや、そんなことありません! 言い伝えによれば、三上光一という男がこの王国に現れ、世界を救ってくれるって——! 時間も場所も言い伝え通りですし!」


「いやいやいやまてまて、自分おかしいんとちゃうか? そんなん信じるほうがおかしいやろう」


「で、でも……そ、そうだ、言い伝えによれば、この球を投げた時、奇跡は起きるって——!」


 そう言って女は懐から野球のボールのようなものを取り出す。多分あまり知らない僕でもわかるが、明らかにこれは野球の硬式ボールのようなものだ。

 くすんだ白い球——高校球児が追っかけているそれと寸分も違わないような——気がする。


「これを、僕が投げたらいいんか?」


「そうです! 奇跡が起きます……!」


 女はそう言って僕にボールを手渡す。

 奇跡ってなんやねん。ぐりーんかいな。

 伝説の投げ手ってのもよくわからないし、一度投げて満足するなら話は早い。

 幻滅して帰ってくれ。あの光輝く女が言ってた野球で世界を救うってのも意味のわからない話だし、そもそも僕はのんびりしたいのだから——。


「……」


 ボールを左手に握り、思いつくまま振りかぶり——学生時代ヤンチャな人間が、野球のボールに見立てたゴミを投げるときのようなあのフォームを意識して——腕を振った。

 次の瞬間。

 ゴォンッ!!!!!!!

 轟音とともに球は消えていった。


「……え?」


「す、すごい! 奇跡の剛腕! やはり伝説は本当だったのね!」


 あんぐりと口を開けている僕とは対照的に、女はぴょんぴょんと跳ねながら喜びの声をあげている。


「伝説の投げ手——三上光一、その左手に宿る剛腕の神を携え、ここTOGASAKIに現ると——」


「いや、これ、え? 待って、理解できへんのやけど……」


「改めてようこそ、伝説の投げ手——三上光一さま、あなたが来るのをずっとお待ちしておりました」


 こうして、僕は、第二の人生——野球で世界を救うというタスクを抱えながら——を歩むこととなってしまったのだった。


続く

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