第38話 犠牲

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 渋谷署の男子トイレは騒然となっていた。


 鑑識も出入りしていて、本部の監察までやって来ていた。


 ひどい話だった。


 橋本が自殺したのだ。


 警察官に多い、拳銃自殺という方法でだ。


 しかも、アイドルに熱を上げて、借金地獄に陥ったゴミ警官が署のトイレを汚す形で自殺するなんて、いい迷惑だ。


 中田は反吐が出るような思いでデスクに戻ると、新聞を眺める。


 すると、そこには原宿署の刑事組織犯罪対策課のデカ一人が拳銃自殺と書かれていた。


 さらに警察官の自殺は続き、サッチョウ刑事局捜査第一課長の水野も首を吊って、自殺したと報道されていた。


 遺書は見つからなかったそうだ。


 水野の場合はキャリアなので、拳銃を付与されていない官僚故に首を吊る形になったのだろう。


 中田はスマートフォンを取り出すと、新宿署の神田令に電話をした。


「神田、聞いたか? ウチと原宿署とサッチョウの話」


(橋本巡査と原宿署の山田巡査にサッチョウ刑事局の水野捜査第一課長が自殺したそうですね?)


「例の一連のドンパチの動きが遅い中で六本木のクラブで襲撃事件が起きて、ジどころかハムまで出張る事態だ。その中での三人の現職サッカンの自殺ってなると、完全にこの三人は黒だよな?」


(憶測で物を言うのはどうかと思いますよ?)


 中田は神田がそう言うと、それを鼻で笑う。


「偶然にしては出来過ぎているんだよ? 俺は偶然なんか信じない」


(どこかの小説のセリフですか? パクリだとしてもそれを信じるとか意外とロマンチストなんですね?)


「うるせぇな? とにかく、今回の事件は迷宮入りになったら、癪に障るんだよ。お前、真木組ってどうなっている?」


 神田は静かに(やはり、臭いですか?)とだけ言う。


「何か、これはからくりがあるぜ? ウチの会社に黒陽会のスパイがいるという話はお前がしたが、それが橋本と水野やその山田とやらだったって話もあり得る。もっと多くいてもおかしくねぇ話だ。ゴキブリは十匹いたら、百匹いると思えは鉄則だからな?」


 神田は黙り始めた。


(橋本巡査のアイドルに熱を上げるゴンゾウぶりは有名でしたが、現職の国家(キャリア官僚の略)にまで汚職が進んでいたのは深刻ですね?)


「それは監察がやるがなぁ? 俺たち、所轄は管轄の関係で指を加えるしかねぇ。神田?」


(はい?)


「偉くなって、本部に戻れよ? お前は警部補になる事でしか、本部には戻ることは出来ねぇ。今度の試験は絶対に受かれ」


 そう言った後に「じゃあな」と言って、中田は電話を切った。


 すると、そこには同僚の石田がいた。


「橋本とは言っても、うちの若手が自殺して、呑気に誰と電話していたんですか?」


「俺の思い人って言ったら、怒るよな?」


 石田は怪訝そうな顔をするが、中田は席を立ち、コーヒーを飲み始める事にした。


 もうすぐ、夏が本格的に始まるな。


 個人的には夏が何故か、嫌いだった。


 理由は分からないが?


 鬱陶しい。


 そんな気分だった。


 時刻は午前八時三二分。


 署内の混乱を尻目に中田は一服を続けていた。


 続く。

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