第2話 金食い虫と巨岩猪
――財布が、軽い。
嫌な予感ではない。
確信だった。
ミーシャは歩きながら、何度目か分からない確認をしたが、やはり袋の中は空っぽだった。
「……本当に、ない」
「当然だワン」
足元を歩く機械犬が、平然と言い放つ。
「昨日の戦闘で、予備魔石は全て消費したワン。エネルギー効率は最低水準だったワン」
「最低って、どのくらいよ」
「撃つたびに破産する程度だワン」
「最悪じゃない!」
ミーシャは頭を抱えた。
魔力なしで追放。
頼みの綱は、燃費最悪の相棒。
このままでは――餓死する。
あるいは、ウィンストンが止まる。
「……仕方ない」
彼女は小さく息を吐き、進路を変えた。
向かう先は、辺境の町にある冒険者ギルドだった。
稼ぐしかない。
効率よく、短時間で、大金を。
ギルドの中は、昼間から騒がしかった。
酒と汗の匂い。
筋骨隆々の冒険者たちが、依頼板の前に群がっている。
ミーシャが扉を開けた瞬間、空気が一瞬だけ止まった。
「……あれ?」
「おい、あの子……」
ひそひそ声。
彼女は有名だった。
“魔力なしの落ちこぼれ”。
名門から追放された、恥さらし。
ミーシャは気にしないふりをして、依頼板を見上げた。
(……高額で、誰も受けてないやつ)
視線は一直線に、それを捉えた。
【巨岩猪(ギガント・ボア)討伐】
報酬:金貨三十枚
皮膚は岩のように硬く、魔法抵抗が極めて高い魔獣。
ベテランでも被害が出る、危険指定。
「……これね」
ミーシャが依頼札を引き抜いた瞬間、嘲笑が起きた。
「ははっ、正気か?」
「あんな小娘が?」
「死ににいくようなもんだぞ」
ミーシャは肩をすくめた。
(……うるさいわね)
彼女の頭にあるのは、ただ一つ。
(私は、この金食い虫に食べさせる魔石が欲しいだけ)
森の奥。
空気が重い。
巨岩猪は、そこにいた。
文字通り、岩の塊だった。
体表は灰色の装甲で覆われ、魔力の膜がうっすらと光っている。
「でか……」
「予想通りだワン」
ウィンストンの赤い目が、魔獣を走査する。
「皮膚は高レジスト。貫通は非効率だワン」
「じゃあ、どうするの?」
「削り切るのが最適解だワン」
巨岩猪が咆哮し、地面を揺らしながら突進してきた。
「来るわよ!」
「安心するワン。準備は終わっているワン」
ミーシャは杖を構えた。
背後に、青い幾何学模様が展開される。
「――意味同期、連射モード」
ウィンストンの声が低くなる。
「ご主人は、『止めたい』という意味だけを強く持てばいいワン」
ミーシャは歯を食いしばった。
(……止まれ)
次の瞬間。
――バシュシュシュシュシュシュン!
光が、線になった。
一本ではない。
無数の光矢が、巨岩猪の正面をなめるように撃ち続ける。
岩の鎧が、面ごと削り取られていった。
岩をおろし金にかけたように、粉となって舞い散った。
魔獣は、突進する暇もなく。
頭部から、消えた。
蒸発した、という表現が一番近い。
「……」
静寂。
ミーシャは、荒い息を吐いた。
「……勝てた」
だが、同時に気づく。
(今の連射……私、何もしてない)
「当然だワン」
ウィンストンが誇らしげに言う。
「考える面倒は、全部私が引き取ったワン。この程度の雑魚、問題にもならないワン」
そして、一拍置いて。
「……だが、ご主人。問題が発生したワン」
「……何」
嫌な予感しかしない。
ウィンストンは、ミーシャの手にある木製の杖を見つめた。
「その安物、もう限界だワン」
「え?」
「次に同じ出力を出したら、杖の方が先に耐えきれず爆発するワン」
「……爆発?」
「最低でも、ミスリル製が必要だワン」
「……は?」
ミーシャの顔が引きつった。
「ミスリルって……高いよ?」
「知るかワン」
機械犬は即答した。
「私の能力を使いたいなら、それなりの器を用意するワン」
ミーシャは、空を仰いだ。
「……やばい」
稼いだ金は、すぐ消える。
だが、背後で――
「……おい」
声がした。
ギルドの冒険者たちが、討伐跡を見て凍りついている。
「魔法の痕跡が……ない?」
「斬った跡でも……ないぞ」
地面に残るのは、“削り取られた”痕跡だけ。
ミーシャは賞金袋を受け取り、心の中で小さく息をついた。
(……これで、魔石は買える)
だが同時に、背中に視線を感じる。
それが、後にどう語られるのか――
まだ、彼女は知らない。
『魔力ゼロで追放された私、ゴミ捨て場で拾った大量破壊兵器(犬)と「秒間100連射の光矢」で魔王に祭り上げられる』 エートス記録官 @doar
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