『魔力ゼロで追放された私、ゴミ捨て場で拾った大量破壊兵器(犬)と「秒間100連射の光矢」で魔王に祭り上げられる』

エートス記録官

第1話 機械犬

 その少女は、捨てられた。


 ――魔力なし。


 名門の家において、それは存在価値の否定を意味する言葉だった。


 ミーシャは何も言わず屋敷を出た。

 泣き叫ぶほど、まだ期待していなかったからだ。


 魔法は奇跡。

 奇跡を起こせない者は、奇跡を信仰する社会から排除される。


 数日後。

 辺境の町外れ、ゴミ捨て場。


「……本当に、落ちるところまで落ちたわね」


 腐った木箱と壊れた魔導具の山を前に、ミーシャは溜息をついた。

 売れそうな部品を拾って、今日のパン代に換える。それが今の生活だった。


 その時。


「――見つけたワン」


「……?」


 聞き慣れない声。


「ここだワン。ゴミの下だワン」


 ガシャリ、と金属音。

 崩れた廃材の隙間から、四足の影が這い出してきた。


 犬……の形をしている。

 だが、全身が鉄だった。


 装甲は欠け、関節はむき出し。

 片耳は歪み、赤い光を宿した目だけが異様に鮮明だった。


「……なに、これ」


「初対面だワン。ご主人候補」


「誰が?」


「あなたワン」


 即答だった。


「意味が分からない」


 機械の犬は、首を傾げるような仕草をする。


「簡単だワン。私はエネルギー不足。あなたは魔石を持っている。利害が一致しているワン」


「……ちょっと待って」


 嫌な予感がして、ミーシャは袋を抱き寄せた。


 ――ガリッ。


「え?」


 空中に浮いた魔石が、犬の口に吸い込まれた。


「……」


 ガリ、ガリ、という乾いた咀嚼音。


「ふぅ、食った食った。なかなかの味だったワン」


「……それ、私の全部なんだけど」


「何を言ってるワン。まだ足りないワン」


「は?」


「早く、次の魔石を持ってくるワン」


「……最悪の金食い虫を拾った……」


 ミーシャが頭を抱えると、機械犬は胸を張った。


「よし、決めたワン。今から、あなたをご主人と定義するワン」


「勝手に決めないで!」


 ――その時だった。


「いたぞ! あの小娘だ!」


 背後から殺気。


 振り向くと、野盗が三人。

 杖を持った魔導士までいる。


 逃げ道はない。


「……っ」


「安心するワン」


 機械犬が一歩前に出た。


「私を、ただの魔石を喰らう機械犬だと思ったら大間違いだワン」


 青い幾何学模様が、空間に展開される。


「――リンク魔法陣、解放!」


 光は波紋のように広がり、ミーシャの右腕へと流れ込んだ。

 手にした木製の杖が、キィィィン、と悲鳴のように鳴る。


「ご主人! あの野盗に光矢を当てるイメージをするワン!」


「……当てる?」


「結果だけでいいワン!」


 ミーシャは、半ば反射で杖を構えた。


(――眉間に、一発)


 そう思った瞬間。


 ――バシュン!


 乾いた破裂音。

 二百メートル先の野盗の兜が、目に見えない力で弾け飛んだ。


「……え?」


 撃った感触は、ない。


「いいかワン」


 機械犬が言う。


「普通、人間は魔法を撃つとき、術式を組み、詠唱し、威力や射程を調整するワン。でも――」


 赤い目が、ミーシャを捉える。


「ご主人は意味だけを考えればいいワン」


「意味……?」


「そうだワン。その『意味』に含まれる殺意の強さ、射程、矢数、貫通力……」


 幾何学模様が複雑に変形する。


「全ての意味を私が汲み取り、最適な術式に変換するワン!

 これを、意味同期(ミーニング・シンクロ)と呼ぶワン!」


 残りの野盗が悲鳴を上げて逃げ出した。


 ミーシャは立ち尽くしたまま、息を吐く。


「……これ、やばいでしょ……」


「ちなみにだワン」


「……なに」


「今の一射で、魔石一個分のエネルギーを消費したワン」


「……は?」


「燃費は最悪だワン。効率的だが、金は溶けるワン」


「ちょっと待って……。試し撃ちよ?」


「一発だワン」


「……私の、予備魔石……」


「もう無いワン」


 ミーシャは、ゆっくりと笑った。


「……なるほど」


 拳を握る。


「つまりこれ、撃てば撃つほど破産するってことね」


「理解が早いワン」


 追放された少女と、機械の犬。


 この出会いは、まだ“奇跡”とすら呼ばれていない。


 ――ただ、世界の燃費を壊しただけだ。

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