特典 はじめまして
蓋を開けたとき、その匂いが視覚よりも早く結果を告げていた。
微妙な色合いの玉子焼きと、端が少し焦げたウインナーが詰まったお弁当箱を眺めながら、私は三度深呼吸してから、ようやく箸を伸ばした。小さく切った一口を口に入れ、咀嚼し、飲み込む……
「……なんで、私の作るものって、こんなにまずいんだろう」
自信のない声が、自分の口から零れた。
これで五回目のお弁当作りに挑戦した。
初めてキッチンの“戦場”を見た母の、言い淀んだ表情を今でも覚えている——「紗奈、手伝おうか?」「ううん、自分でやってみたいの」あの時の私は、なんて強がっていたんだろう。
今、その強がりは、口の中に広がる消えない苦味に変わっていた。比喩じゃない、本当の苦味だ。醤油を入れすぎて、砂糖が足りなかったんだろう。料理サイトに書いてある「適量」って、結局どれくらいなの?
お弁当箱をそっと閉じ、膝の上に置いて、じっと見つめた。
周りは静かだった。わざわざ見つけた、校舎の裏の大きな桜の木の下のベンチだ。だからたとえ失敗しても、誰にも見られない。
桜はもう散り始めていて、薄紅色の花びらが時折スカートに落ちてくるのを、私はそっと払った。
もし西子がまだここにいたら、きっと笑うだろうな……あの、いつもおおらかで、でも意外と料理が上手かった子。小学校の家庭科の時間、私は卵を割るのにさえ殻をボウルに落としていたのに、彼女は先生に褒められるクッキーを焼いていた。
「紗奈の手は絵筆を持つためのもので、包丁を持つためのものじゃないんだよ!」彼女はいつもそう言って、自分の作ったお菓子を半分くれた。
あれから、もう四年?五年?時間は、雨に濡れた窓ガラスのようにぼやけてしまった。
「その……よかったら、これ、どうぞ」
いつの間にか、私の前に誰かが立っていた。
「あっ!そ、その……ど、どなたですか……?」慌てて顔を上げると、整った顔立ちで、爽やかな印象の男の子が目に入った。
「ああ、僕は松本って言います。さっき、自分のお昼に困ってるみたいだったので、声をかけました」
松本さん……その声は、少し冷たい感じがした。見た目の爽やかさとは、ちょっと違う。
話し方も変だった。他の男子みたいにわざと声を柔らかくするわけでも、私が不快に感じる同情のトーンを込めるわけでもない。ただ事実を述べているだけ。「今日はいい天気だ」と言うように。
でも……彼は、私を気にかけてくれた。この認識が、私の頭を一瞬空白にさせた。最後にクラスメイトが自分から話しかけてきたのはいつだっけ?中学校のグループワークの時?もっと前……?
私は立ち上がり、お辞儀をした。角度が大きすぎたかもしれないけど、抑えられなかった。「あ、ありがとうございます!私、加藤紗奈です……ほ、本当に、お気遣いありがとうございます!」とにかく、相手は本当に気にかけてくれたのだから、勇気を振り絞ってお礼を言った。今の私の表情、変じゃないかな……
「大丈夫です。よかったら、これを受け取ってください」予想に反して、松本さんの表情は少しも変わらず、ただ淡々と手に持っていたパンを差し出した。
「で、でも……松本さんもまだ食べてないですよね?そ、それに、これだけしかないみたいだし……」私の視線は、彼とパンの間をさまよった。道理に合わない。なぜ見知らぬ人に、自分のお昼をあげなきゃいけないの?私にも人の親切を受ける資格なんてないって、わかってる。だから疑問を口にして、松本さんが私を助けるのを諦めさせようとした。
「大丈夫。僕はあまりお腹空いてないし、放課後にもう一回買いに行きますから」再び、私は驚かされた。松本さんは私を助けることを諦めず、むしろ強引にパンを私の手に握らせると、くるりと背を向けて、立ち去ろうとした。
「そ、その!も、もしよかったら……一、一緒に食べませんか……?」
この言葉が口をついて出た後、世界は数秒間、静まり返ったように感じた。風さえも止まり、桜の花びらが空中で静止したかのようだった。
私、今何て言ったんだろう?ほとんど知らない男子を、一緒にご飯に誘う?西子が知ったら、笑い死にしちゃうよ。
去ろうとする松本さんを見て、なぜか急に勇気が湧いて、引き止める言葉を口にしてしまった。ただで彼の親切を受けるのが嫌だったからかもしれない。もしかしたら……こんな場面を、ずっと待ち望んでいたからかもしれない。
だって、私には友達がいない。たった一人の親友だった西子だって、小学校で転校しちゃったんだから。
だから、お弁当を一緒に食べて、おかずを交換し合うあの光景に、ずっと憧れていた。
たとえ相手が、たった今初めて会ったばかりの、松本さんであっても……
「いいんですか?加藤さんは、人と一緒にいるのに慣れてないでしょう?だって、ここには加藤さんの友達もクラスメイトもいないし。それに、さっきの様子からすると、加藤さんは人と話すのがあまり得意じゃないみたいですし」
彼には、わかってたんだ……
簡単に、まるでガラス紙を見透かすように。私はうまく隠せていると思っていた——一人で食事をする、人目のない場所を選ぶ、人と目を合わせない——これらはすべて、「邪魔されたくない」という明確なサインじゃないか?
私は自分が見透かされていることに気づき、恥ずかしさで顔を伏せた。頬がほてるのを感じた。
スカートの上に、一枚の花びらが落ちていた。白い、縁が少し枯れている。
まるで、私みたい……
「そ、そうです……私、人と話すのは、ほんとに苦手です……で、でも、松本さんは違います。だって、私を助けてくれましたから」
どれくらい時間が経っただろう。私はゆっくりと顔を上げ、松本さんに向かって、懸命に自分の気持ちを伝えようとした。でも、言い終わると同時に、またすぐにうつむいた。今の私の様子が、どれだけ滑稽かわかっていたから。
ただの親切で助けてくれただけなのに、厚かましくも相手を引き留めて、困らせるようなことばかり言って……
もうダメだ。きっと変な子だと思われたに違いない。理由もなく人を引き留めて、わけのわからないことを言う子って……
「わかりました。加藤さんが気にされないなら。隣に座ってもいいですか?」
えっ?も、もしかして……許可してくれた?松本さん、本当にOKって言ったの?私のこと、変だと思わないの?
私はぱっと顔を上げ、この見知らぬ男子を見た。
松本さんの表情は相変わらずで、淡々としていた。静かな湖面のようだ。いら立った様子も、嘲笑う様子も、好奇心すらもない。ただ……この荒唐無稽な誘いを、受け入れただけだった。
「あ……あっ!も、もちろんです!ど、どうぞ、お掛けください!」
自分の耳を信じられず、気づいた時には慌てて端へ寄り、手を伸ばして松本さんに座るよう促していた。
「じゃあ、失礼します」松本さんの顔には、やはりこれといった表情は浮かんでいなかった。ただ静かに、私の隣に腰を下ろした。彼が座ったとき、私たちの間にはちょうど一人分の間隔が空いていた。程よい距離で、近すぎて緊張することも、遠すぎてよそよそしくなることもない。
パンは慎重に二つに分けられ、彼は大きい方の半分を私に渡してくれた。
「あ、ありがとうございます……」パンを受け取り、指先が彼の指にほんの一瞬触れた。温かい感触が、一瞬で消えた。
私たちはパンを食べ始めた……
周りは静かで、風が木の葉を揺らす音と、遠くの校庭から聞こえるかすかな歓声、そして私自身の、大きすぎる鼓動の音だけが聞こえた。
あんこが甘かった……甘すぎて、目頭が熱くなった。うつむいて小さくかじり、前髪で顔を隠した。
西子が引っ越した日も、こんな春だった。「紗奈も新しい友達、作るんだよ」と彼女は言い、「うん」と私は答えた。それから彼女は車に乗り込み、窓から手を振って、どんどん小さくなって、ついに街角に消えた。
あれ以来、私は友達を作れなかった。作りたいと思わなかったわけじゃない。ただ、どう始めればいいのかわからなかった。みんなそれぞれの輪を持っていて、それはもう完成したパズルのようで、私はどこに自分をはめ込めばいいのかわからなかった。
でも今日、この何の変わりもない昼休みに、私はほとんど知らない男子と、半分のパンを分け合った……
私たちは静かに、その甘いパンを分け合って食べた。松本さんはわざと話題を振ることも、哀れみや好奇の目を向けることもなかった。彼はただ、静かにそこに座っていた。まるで、昼食を分け合うことが、ごく自然なことであるかのように。この独特の『平常さ』が、私のこわばった肩を、少しずつほぐしていった。風が木の葉を渡るざわめきが、突然、はっきりと聞こえるようになった。
隣に座る松本さんを見て、なぜか私はほんの少し、安心と安らぎを感じた。この整った顔立ちの男の子は、私が今までに出会った誰とも、どこか違うような気がした……
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