第8話 友情と文学

「はぁ――!はぁ――!はぁ……」


家からそう遠くない川辺で、僕は朝のランニングをしていた。


これは生前から続けていた習慣で、以前もよく運動していた。ただ新学期のせいで、しばらく中断していただけだ。


〈もう、二週間近く空いちゃったな……やっぱり運動って、中途半端にしちゃダメだな!〉


その通り。これは半月ぶりに運動を再開し、初回で得た結論だった。


ただし、これから運動の頻度は減らすつもりだ。

面倒くさいからではなく、もっと休息と生活観察に時間を割く必要があるから。


〈これからは、週三回にしよう……〉


そう決めて、僕は家路へと走り出した。


……


「ただいま」少し疲れた声でドアを開け、家の中に向かって声をかけた。


「あら、おかえり悠真!暑かったでしょ?早くシャワー浴びなさい、朝ごはんもうすぐできるから!」台所から出てきた松本さんは笑顔を浮かべ、僕の自己管理を喜んでいるようだった。


「ああ、わかった。ありがとう、お母さん」靴を履き替えると、僕は急いで浴室へ向かった。


十分ほどで、僕はすっきりした状態で浴室からリビングに戻った。


「はい!悠真、朝ごはん食べて!」松本さんは僕を食卓に招いた。


「ああ、はい」僕は慌ててテーブルに向かった。


「早く食べなさい!遅刻しちゃうよ!」


「ああ、はいはい」それ以上は言わず、すぐに箸を持って朝食を味わい始めた。


「ストップ!ちょっと待って!」松本さんが突然僕を遮った。


「わっ!ど、どうした?」


「悠真、また食事の前の挨拶忘れてる!」松本さんはわざと怒ったふりをし、僕が何を忘れたか思い出させた。


「ああ、すみません、忘れてました。ええっと……いただきます!」おろそかにできず、すぐに両手を合わせて食事の前の挨拶をした。


「うんうん!それでこそ!さあ、早く食べて!」松本さんは僕の頭を撫で、満足そうな笑みを見せた。


「ああ、ああ……はい」僕はぼんやりと応えた。

これには心底困っていた。だって本当にこの文化に馴染めず、習慣が身につかないんだ。


〈まあいい、考えても仕方ない。まずはご飯を食べよう……〉


余計なことは考えず、僕は朝食に集中した。


……


「行ってきます!」準備を整え、家の中に向かって声をかけた。


「はい!気をつけてね、悠真!」松本さんは相変わらず玄関まで見送り、僕の頬にキスをした。


「うん、わかった。じゃあね」


「バイバイ!」


僕と松本さんは手を振り合い、僕は学校へと歩き出した。


しばらくすると、道端で僕を待っている加藤の姿が見えた。


「加藤さん、おはよう」近づいてから加藤に手を振って挨拶した。


「はい、松本くん……おはようございます!」加藤は少しうつむき、礼儀正しく返事をした。


「待たせたな。行こう」


「ええ、はい……」加藤は僕の隣に歩み寄り、並んで学校へと向かった。ゆっくりと、しかし確実に。


「そういえば、これが初めて一緒に登校だな。加藤さんが誘ってくれたのは驚いたけど、すごく嬉しいよ」


「そ、そうですか?私の頼みを聞いてくれてありがとうございます。私も松本くんと一緒に登校できて、すごく嬉しいです……」


加藤はかすかに微笑んだ。陽の光に照らされ、その笑顔が一際輝いて見えた。


「別に。だって僕ら友達だもんな」


「そ、そうですね!私たち友達です!あ、でもやっぱり松本くんには感謝してます!」加藤の話し方はまだ少し緊張していて、カバンを持つ手も少し落ち着きを欠いていた。


「そう?俺も加藤さんが一緒に登校しようって誘ってくれて嬉しいよ。ありがとな」彼女の様子を

見て、思わず笑いが出そうになった。


〈まるで驚いたウサギみたいで、なんだか笑えてくる……〉


「あっ!いえいえ、私も嬉しいです!」加藤はそう言い、顔をほんのり赤らめた。


僕は下を向いて彼女を見つめ、なぜか彼女の頬を揉んでみたくなった。


これは恋愛感情ではなく、ただ純粋に揉んでみたかった。小さな動物を撫でるように。


うん、そうだ……小さな動物……


「あの……どうかしましたか、松本くん……私、私の顔に何かついてますか?ず、ずっと見られてて……」


「あ、いや、別に。何でもない。ちょっと考え事してて……えへん、よし、そろそろ行こう。遅れちゃう」


僕は慌てて姿勢を正し、不自然に話題を変えた。


「あ、ああ、はい……」加藤はそう返事したが、顔の赤みはさらに濃くなった。


そんな雰囲気の中、僕と加藤はゆるりと学校へと向かった。


途中、多くの生徒が私たちに注目し、加藤をとても落ち着かなくさせた。僕は傍らで加藤を落ち着かせようとしつつ、手振りと目配せで周囲の生徒たちにあまり注目しないよう合図した。


そんな小さな出来事を経て、私たちは無事に学校に到着し、教室の前で別れた。


「ありがとうございます、松本くん。じゃあ、私はこれで失礼します!あ!そ、その、約束、覚えていてくださいね!」加藤は軽く頭を下げ、緊張しながら私たちの約束を口にした。


「ああ、わかった。時間通りに行くよ。じゃあな」


「はい!わかりました!じゃあね、松本くん!」加藤は満足そうに教室に入っていった。


「じゃあ」


挨拶を終えると、僕も教室に入った。


〈やっぱり、加藤って本当に小動物みたいだな……〉


心の底からそう思わずにはいられなかった……


「おっ、松本来たか、おはよう!」田中が僕に気づき、大声で挨拶してきた。


この突然の声にクラスの注目が集まり、すぐに皆が次々と僕に挨拶をしてきた。


「ああ……皆、おはよう!はは……」仕方なく手を挙げて、皆に挨拶を返した。


田中は相変わらず笑顔で、自分が今どんな状況を作り出したか全く気づいていないようだった。


〈こいつ……わざとじゃないのか……〉


僕は机の前に歩み寄り、思わず目の前のバカをじっと見つめた。


「ん?どうした?」田中はまだ僕が何を考えているか気づかず、それになんだか挑発的な態度さえ見せていた。


「別に。ただ呆れてるだけ……」僕は淡々とそう返した。


「え?呆れる?何に?」


「別に……」


「そうか……」田中は僕の言葉を聞き、数秒間呆然とした。本当に僕が何に呆れているのか考えているようだった。


〈マジで……はあ……〉


僕はただ呆れ顔でため息をつくしかなかった。


「おはようございます、松本くん!」冬雲は相変わらず元気いっぱいに挨拶してきた。


「ああ、おはよう冬雲さん」僕も手を振って返事した。


「残念でしたね、今朝は松本くんに会えなくて」


「多分、僕が出るのが少し遅かったからだよ。朝、ちょっと用事が長引いちゃって」そう説明し、ランニングと加藤との登校については話さなかった。


「そうなんですか?何かお手伝いできることありますか?」冬雲は役割を切り替え、委員長としての役割を果たそうとした。


「大丈夫、ちょっとしたことだから」


「そうですか?それなら良かったです」冬雲は満足そうな笑みを浮かべ、何事もない僕に満足しているようだった。


簡単な会話が終わると、私たちは雑談を始めた。


「ピロリン!」僕のスマホにメッセージが届いた。


ちらりと見ると、ギャルコンビの桜木からのメッセージで、内容は単純な朝の挨拶だった。


メッセージが来るとは思っていなかったが、礼儀として返事をした。


すぐ後に、璃乃からもメッセージが届き、可愛いスタンプも付いていた。


〈この二人……もしかして打ち合わせてたのか……〉


前後十秒も間を置かずに届いたメッセージを見て、そんな考えが頭をよぎった。


同じく、僕は璃乃にも礼儀正しく返事した。


ここでひとつ言っておく。前に彼女たちから補習の依頼は受けたが、スマホで改めて確認したところ、「楽しみたいから」という返事だったので、今のところ補習のことを考える必要はない。


ただし連絡先は残しておいた。補習がなくても、友達として付き合うのは悪くないし、彼女たちも僕の観察対象の一つだからだ。


ただ、私たちのコミュニケーションはほとんどスマホ上で、学校ではあまり交流がない。


しかし驚いたことに、彼女たちはゲームにも興味があるらしく、これが僕の持つギャルのイメージとの違いだった。


そこで好奇心に駆られ、喜んで彼女たちのゲームに参加した。


彼女たちの技術はあまりよくなかったが、それでも多くの記録すべき素材を手に入れ、学校では見せない彼女たちの一面を知ることができた。


だから夜、暇なときには彼女たちが僕をゲームに誘ってくる。


そのおかげで、私たちの関係は少し近づいた。ただしオフラインでは彼女たちは相変わらずで、あまり交流はない。でも僕もそのやり方を認めている。だって一日中ギャルコンビと一緒にいたら、間違いなくクラスの注目の的になるからだ。


「はいはい!みんな席について、授業を始めますよ!」一時間目の先生が教室に入り、授業の準備をするよう私たちに呼びかけた。


こうして、私たちは新学期の初めての正式な授業を迎えた。


……


「はい、今日の授業はここまで。家でしっかり復習してくださいね。以上」高橋先生は昼休みのチャイムと同時に授業を終え、復習を心がけるよう私たちに言った。


しかし、僕にとってはどうでもいいことだった。だってちょうど夢から覚めたばかりだから。


その通り、僕は午前中また寝てしまっていた。幸いなことに、先生には気づかれなかった。


もし高橋先生が僕が午前中の授業ずっと寝ていたと知ったら、きっとすぐに話し合いを求められるだろう……


「あら!松本くん、また授業中寝てたでしょ?」


冬雲は心配そうで責任感のある様子を見せ、委員長としての仕事を続けていた。


「ああ?うん、朝ちょっと眠くて、少し寝ちゃった。すみません」隠さず、ただ静かに真実を口にした。


「はあ、昨日も授業中寝ないようにって言ったのに、今日にはもう通用しないんだ……」冬雲はとても困った様子だったが、それ以上に心配そうな目をしていた。


「大丈夫、ただ少し眠かっただけ。何か問題があったわけじゃないから。これからは気をつけるよ」


「そうですか?そうだといいんですけど……」口ではそう言いながら、冬雲の目から心配そうな色は消えていた。


「あいつはさ、ただ単に授業を聞きたくないんだよ。だって先生が教えてることは多分全部わかってるはずだからさ。前に高橋先生に入学試験の成績を聞いたんだけど、こいつなんて一位で合格してたんだぜ」田中が振り返り、私たちの会話に加わってきた。


「えっ、そうなんですか?」冬雲はとても驚いた様子だった。


「いや、ただ単に眠かっただけ。それと成績は関係ないでしょ?」成績について深く話すのは避け、ただ自分の眠さを強調した。本当に眠かったから。


「はいはい、眠かったってことで!これが噂の、天才のわがままってやつか……」田中はとても感心した様子だった。


「はあ、もういい、君がそう思うならそれで……」僕は議論を諦めた。


それより、もっと重要なことがある。


「行こう、屋上へ」僕は自分の弁当を持ち上げ、二人を屋上に誘った。


「ああ、忘れるところだった、加藤さんが待ってるんだった」冬雲もそのことを思い出し、慌てて弁当を探し出した。


「あの……二人は先に行ってくれ。俺、購買部で何か買ってくる……」田中は気まずそうにそう言った。


「弁当持って来なかったの?」


「ああ、朝急いで出ちゃったから、忘れちゃってはは……」田中は申し訳なさそうに答えた。


「はあ、君ってやつ、昨日の夜も注意したのに……」


「へへ、わざとじゃないんだよ……よし、二人は先に行ってくれ、俺すぐ行くから!」田中はそう言うと、猛スピードで教室を飛び出していった。


「はあ、なんて言ったらいいかわからないな……」僕は呆れたように首を振った。「行こう冬雲さん、加藤さんが待ってる」


「ああ、はい、行きましょう!」冬雲は僕の歩調に合わせ、一緒に屋上へ向かった。


ほどなくして、私たちは屋上に到着した。


「やっほー!加藤さん、こんにちは!」冬雲は元気に加藤に挨拶した。


「はい、冬雲さん、こんにちは!あ、松、松本くんもこんにちは!」私たちが来たのを見て、加藤は慌てて地面から立ち上がった。少しぼんやりしているように見えたが、それでも冬雲に元気に返事した。


「すまん、少し遅れた。ちょっと用事が長引いちゃって」なぜ遅れたのか、わざわざ説明した。


「い、いえ、大丈夫です。私もちょうど来たところです……それより、田中さんは?」加藤は気にしないと伝え、田中の不在に気づいた。


「ああ、あいつ弁当忘れて、購買部で食べ物買いに行った。すぐ来るよ」


「そうなんですか……よかった!」加藤は安心したようだった。私たちの邪魔をしてないか心配していたのだろう。


「心配するな。あの奴はせっかちで、普段から何か忘れるのは日常茶飯事だ。気にしなくていい」そう説明した。


「は、はいですか?松本くんって、よく観察してますね」


「それより、加藤さん、今日のお弁当も昨日と同じ?」これ以上は言わず、強引に話題をお弁当に変えた。


「あ、いえ、今日のは昨日冬雲さんと一緒に作った料理です……あ、これも冬雲さんのおかげです。ありがとうございます!」加藤は冬雲に向かって軽く会釈し、感謝の意を示した。


「あはは!そんなことないよ加藤さん。私も加藤さんと一緒に料理できて楽しかったし、加藤さんって器用だし、私もたくさん学べたよ!」冬雲も礼儀正しく加藤に返事し、二人は和やかな雰囲気を見せた。


僕はその光景を見て、心の底から安堵を覚えた。


〈やっぱり、加藤と冬雲に一緒に料理をさせるのは正解だったな……〉


「後で松本くんもぜひ加藤さんの腕前を味わってみて。すごく美味しいよ!」冬雲は笑いながら僕に言った。


「えっ!ち、そんなことないですよ!冬雲さんが手伝ってくれたから成功したんです!」加藤はまだ人にそう褒められるのに慣れておらず、とても恥ずかしがっていた。


「そう?じゃあ、ちょっと期待して待ってるよ……」僕は加藤に向かってそう言った。


「あ、ああ……は、はい、ありがとうございます、松本くん」どうやら冬雲がいるせいで、加藤の表情は格別に緊張していた。


「あ、私も後で味見させてもらっていい?だって昨日の味、すごく良かったから、今日も食べてみたいんだ」冬雲は加藤に近づき、少し頼むような口調を込めた。


「も、もちろんです!冬雲さんが私を手伝ってくれたし、私の料理を食べてくれるって言ってくれて、すごく嬉しいです!」加藤も感謝の気持ちを込めて冬雲の願いを聞き入れた。


〈どうやら、彼女たちの関係は僕が手を貸す必要はなさそうだな……〉


二人の女子を見て、僕の心にはなぜか娘が成長したような感覚が湧いてきた……


〈もしかして、娘を育てるってこういう感じなのか?それとも、ペット?俺、もう老人生活に入っちゃったのか……〉


僕の思考は再び広がり、変なことを考え始めた。


「はあ……はあ!すまん、遅れた!」田中大物凄い息遣いでドアを勢いよく開けた。


「これでまだ弁当忘れるかどうか……」僕はそうからかった。


「忘れない、絶対忘れない!次は絶対自分で弁当持ってくる!ああ!疲れた!」田中は息を切らしながら、僕の隣に座った。


「ほら、水」僕は自分の水筒を差し出した。


「おう!ありがとう!さすが親友だ!」田中は二の句も告げずにキャップを開け、「ごくごく」と飲み始めた。


「ゆっくり飲めよ、むせないように……」

僕の言葉が終わらないうちに、田中は水をむせてしまった。


「はあ、君ってやつ……」そう言いながら、僕は手で彼の背中を軽く叩いた。


「げほっ!すまん、飲み込みが早すぎた……」


「田、田中さん、よかったら私のティッシュ使ってください!」加藤は懸命に自分のティッシュを差し出した。


「おう!ありがとう加藤さん!助かった!」田中はティッシュを受け取り、素早く自分の服を処理した。


すぐに、田中の身なりは整った。


「よし、早く食べよう。後で時間がなくなる」僕は弁当を開け、みんなに早く食べるよう促した。


加藤と冬雲はそれぞれ自分の弁当を開け、田中だけが自分のパンとおにぎりを見て、思わずため息をついた。


「いいから、ため息つくなよ。これ、あげる……」僕は数切れのチキンをはさんで、田中の容器に入れた。


「あ、私のも。田中さん、味見してみて!」冬雲も弁当を田中の前に差し出し、小さなソーセージを数本はさんでくれた。


「そ、その、私のもです!田、田中さんもどうぞ!」加藤は自ら箸を動かさず、弁当を田中の前に差し出した。


「おう、本当?ありがとう加藤さん!うわ、加藤さんの弁当、見た目からして美味しそう!」田中は加藤の弁当を褒め、進んで少し料理を取った。


「はい、田中さんに気に入ってもらえるといいんですが……」加藤はそう言うと、弁当を僕の前に差し出した。「松本くんも、ど、どうぞ!」


「ああ、じゃあ遠慮なく」口ではそう言いながら、まず僕の弁当からチキンを数切れはさんで加藤の弁当箱に入れ、それから加藤の弁当から少し料理を取った。


「あ、ありがとうございます、松本くん……あ、冬雲さんもどうぞ、遠慮しないで!」加藤は弁当を冬雲の前に差し出したが、とても緊張して落ち着かない様子だった。


「あ、はい、ありがとう加藤さん。じゃあ交換して食べよう!」冬雲は嬉しそうな笑顔を見せ、同時に自分の弁当も差し出した。


「はい!わ、わかりました!ありがとうございます、冬雲さん!」加藤は心からの笑顔を見せた。


これは今まで見た中で一番嬉しそうな笑顔だった。


その後は、私たちは昼食を食べながら和やかに雑談した。田中が雰囲気を盛り上げ、冬雲が優しく話題をリードし、加藤は自分から話すことは少なかったが、熱心に緊張しながら私たちに返事し、顔にはリラックスした笑みを浮かべていた。僕はツッコミと観察役を担い、場が冷めないようにした。


そんな楽しい雰囲気の中で、私たちは充実した昼休みを過ごした。加藤と私たちの関係は大きく進歩し、僕も良い素材を手に入れた。


昼休みが終わりに近づくと、冬雲と加藤は週末に一緒に文房具屋に行く約束をし、田中は次回の練習試合に必ず応援に来いと騒いでいた。


加藤はとても緊張し、恥ずかしがりながらも、一つ一つ承諾した。


しかし加藤の目には、グループに溶け込んだ安堵感が少し見えた。


あ、ここで転校生についても少し触れておこう。

昼休みに私たちは何気なく転校生の話をしたが、冬雲と田中の話によると、転校生は少しトラブルがあったため、中間テストの頃に転校してくるらしい。


時期については僕はどうでもいいが、驚きと嬉しさがあったのは、その転校生が中国人だということだ!


このニュースを聞いた時、僕は少し興奮し、心に珍しく期待と焦りが生まれた。だって、毎日気軽に話せる地元の同世代がいれば、彼らと話すよりずっと楽だし、郷愁も大幅に和らげられる。


他でもない、ただあまりにも家が恋しく、自分の場所が恋しいから。


男女はまだわからないが、僕はもうこの転校生と良い関係を築き、親友になることを心に決めていた。


……


午後の授業も時間通りに終わり、私たちは帰宅の時間を迎えた。


今日も冬雲と加藤は料理部の活動に参加し、再び僕を誘ってきたが、僕はまた断った。なぜなら行ってみたい場所ができたからだ。


冬雲たちと別れた後、僕は真っ直ぐに学校の図書館へと向かった。


十分ほどで、僕はこのきれいに改装され、環境の良い図書館に到着した。


中はとても静かで、かすかな話し声とページをめくる音以外は、窓外の鳥のさえずりくらいしか中にいる人を邪魔するものはなかった。


僕は特に読みたい本もなく、ただ無目的に閲覧していた……


目が一列また一列の本棚をなぞり、視線が一冊また一冊の背表紙を掠める。


そして、窓際に近い文学エリアで、見覚えのある人影を見つけた——森島詩織、あの僕が歌っているのを見てしまった文学少女だ。


彼女はつま先立ちをし、高い棚にあるハードカバーの本を取ろうとしていた。近づいて初めて見えたが、それは『世界民謡史』だった。彼女の手には、他にも厚さの異なる数冊の本があったが、タイトルはよく見えなかった。隠れていたから。


しかし、その音楽に関する本は森島には少し高すぎるようで、彼女の動作は少し苦しそうだった。


僕は歩み寄り、無言で彼女のためにその本を取った。


「あっ……」森島は明らかに驚き、驚いた声を漏らした。僕だと気づくと、メガネの奥の目が少し大きく見開かれ、すぐにうつむいた。耳の付け根には見覚えのある薄い赤みが差していた。「あ、ありがとうございます、松本くん……」


「どういたしまして」僕は本を彼女に渡し、視線はすぐに彼女の手に持っている本を掠めた。どれも音楽に関する本だった:『東アジア音楽鑑賞』『音声心理学』『中国音楽入門』。


僕は心が少し動き、その場に立ち尽くして森島を見つめた。


森島も去らず、ただ緊張して唇を噛みしめ、激しい思想闘争をしているようだった。


午後の光が窓から差し込み、彼女の垂れ下がった前髪と繊細なまつ毛に淡い金色の光の輪を投げかけていた。


「そ、その……」森島が先に声を上げた。とても緊張していたが、昨日よりは幾分落ち着いていた。「昨日のこと……本当にすみません!私、わざとじゃないんです……」


〈やっぱりその話か……実は昨日ちゃんと説明しようと思ってたんだけど、彼女が逃げちゃったからな……〉


そう、昨日僕が説明する間もなく、森島は素早く教室を去り、内心とても混乱した僕だけを残していった。


「ああ、それは僕の方こそ謝らないと。だって場所をわきまえなかったから」僕は平静を保ち、静かに昨日のことを説明した。「びっくりさせてすみません。これからは気をつけます」


「び、びっくりしてません!」彼女は慌てて首を振り、声まで少し大きくなったが、すぐに声を押し殺した。「私が松本くんが忙しいのに気づかなくて、うっかり邪魔しちゃって、ごめんなさい!」


「あっ!で、でも、松本くんが歌ってたあの二曲、すごく綺麗だと思って、つい聞き入っちゃって……。歌詞はわからなかったけど、すごく心に響く曲だって感じました……」森島は一気に全部言い、自分の顔を真っ赤にした。


「そう?森島さんの評価ありがとう。だって僕の大好きな曲だから、教室に誰もいない時に歌っちゃった」僕は少し間を置き、積極的にいくことに決めた。「森島さんに見られちゃったけど、それでも僕の歌を聞き入ってくれてありがとう」


「あっ!私、私こそ……こんなに美しい曲と歌声を聞けて、光栄です!」森島は慌ててうなずき、僕に敬意を示した。「で、でも、一つ聞いてもいいですか?松本くんが歌ってた歌……中国語の歌ですか?」


「そうだよ、中国語の歌。僕の一番好きな歌手、ジェイ・チョウの曲だ」


「そ、そうなんですか……」森島は軽くうなずき、自分の推測が正しかったことを確認したようだった。「道理で今まで聞いたことのある歌とちょっと違って、特別な感じがするわけですね……」


「じゃあ、森島さんはわざわざ図書館で音楽を研究しに来たの?」僕は彼女の手に持っている本を指さした。


「はい……えっと、松本くんが歌ってた歌に興味があって、そ、それで資料を探そうと思っ

て……」森島はどうやら人に見られるのがあまり好きではなく、また顔を少し下に向けた。「それに、私は本を読むのが好きで、音と文字って、見えないものをたくさん伝えられると思うんです。だから音楽にもすごく興味があって……」


「そうか。それにはすごく共感するな」僕は振り返り、窓の外の景色に意識を向けた。「時々音楽は僕に新しい気づきや体験をもたらしてくれる。だから音楽ってすごく神秘的なものだと思う……あ、もちろん文字も同じだよ。だって僕も本を読むのが好きだから」


「は、はい……良かったです!」森島は声を押し殺していたが、その口調の興奮と喜びは明らかだった。


「うん。だから、多分僕と森島さんには共通の話題がたくさんあるかもしれないな……」僕は森島を見ず、ただぼんやりと窓の外を見つめていた。


森島は返事をせず、一瞬だけ沈黙が流れた。


図書館の静寂が私たちを包んだが、気まずさを感じることはなく、むしろ秘密を共有したような微妙な静けさがあった。


「あ……そ、その、急に用事を思い出したので、松本くんの邪魔はこれで……」森島は再び軽く会釈した。「昨日の失礼を許してくれてありがとうございます。あ、それと、昨日の歌……すごく好きでした……じゃ、じゃあ、松本くん……」


「ああ、また明日。バイバイ」私たちは手を振って別れた。


彼女は本を抱え、軽やかな猫のように、音もなく本棚の向こうに消えていった。


僕はただその場に立ち続け、さっきの短い会話を反芻していた。


〈どうやら、“地味な文学少女”ってラベル、更新が必要みたいだな……〉


心の中で彼女に「聴覚鋭敏」「感受性豊か」という新しい注釈を加えた。


この偶然の出会いは気まずさを深めるどころか、小さな窓を開けたようで、彼女の内面世界の一角を覗かせてくれた——それは音と感情に敬意を払い、異常に鋭敏な世界だった。


僕はそれ以上図書館に長居せず、適当に見て回っただけでそこを後にした。


図書館を出た時、ちょうど夕日が差していた。


僕はスマホを取り出し、未読メッセージが二件あるのを見た。一件は加藤からで、彼女と冬雲が料理部で新しいお菓子を作っている写真が添えられ、「今日も楽しかった!」と書いてあった。もう一件は松本さんからで、夜何が食べたいか尋ねるものだった。


僕は一つ一つ返信し、軽やかな足取りで校門へと向かった。


風がキャンパスの並木道を通り抜け、初夏の訪れを告げる暖かさを運んでくる。


昨日の小さな波紋は、今日のほのかな理解の微笑みへと変わった。定められた日常は、新たな発見とつながりによって、より豊かなものに見えた。


明日も、きっと平穏で期待に満ちた一日になるだろう……


少なくとも、次の「予期せぬ出来事」が来るまでは、僕はそう信じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る