第7話 “限界効果”

昼休みのチャイムが鳴ると同時に、教室は一気に賑やかになった。


高橋先生は優しく、他の先生ほど厳しくはないが、やはり先生であることには変わりない。だから皆、完全に気を抜くわけにはいかない。


それでも皆が高橋先生を好きなことは、間違いない。


「ちょうど昼休みだし、一緒に昼飯食わない?」田中が体をひねり、僕と冬雲に向けて提案した。


「うん、いいよ。私、特に予定もないし」冬雲も問題ないと答えた。


「ああ、僕はちょっと……今日は予定があって。今回はパスするよ」


誘いに乗りたい気持ちは山々だったが、昨日の夜、スマホで加藤と約束してしまっていた。


ちなみに、昨夜僕が加藤に話しかけたのは事実だが、ランチの誘いは加藤の方からだった。


「ああ、そうなんだ。で、誰と食べるの?」田中の好奇心が顔から溢れんばかりだった。


冬雲は何も言わなかったが、彼女の表情にも好奇心がにじみ出ていた。


「B組の加藤さんと」僕はありのままを伝えた。


「へえ~、そうなんだ~」田中は声を伸ばし、完全に噂話を嗅ぎ回るような様子だ。


「なんだよ、そんな観客みたいな顔して」思わずツッコミを入れた。


「別にさ。ただ、こんなに早く誰かと食事する約束をしたってのに驚いただけ」


「友達同士の普通の付き合いだろ。何でもかんでも変に考えないでよ」仕方なくそう説明するしかなかった。


「ちぇっ、言い訳してるよ。そんな短期間で友達になれるわけないだろ?」田中は当然のように言ったが、彼は何かを忘れているようだ……


「おお?そうか?じゃあ俺とお前、それに冬雲さんとも偽物の友達ってこと?」


「あ、それは……例外だ!」田中は僕の反論に言葉を詰まらせた。


「ふふ……」僕は呆れた目を向けた。


「うう、その目……」田中は僕の視線に少したじろいだ。


「あの……聞きにくいんだけど、松本くんはあの加藤さんを追いかけてるの?」


そばにいた冬雲が丸く収めようとしたが、彼女の好奇心は少しも衰えていない。


「いや、ただランチを共にするだけです。大げさに考えないで」


「そう……なんだ」冬雲は独り言のように呟き、何かを考えているようだった。


「よし、雑談はこの辺で。そろそろ約束の時間だから」


そう言って、僕は席を立ち、教室を出る準備をした。


「おい松本、今度は絶対一緒に食おうな!」


「ああ、わかった」僕は背を向けたまま手を振って田中に返事した。


教室を出ると、僕は一目散に屋上へと向かった。


……


「ごめん、遅れた。ちょっと用事が長引いちゃって」椅子に座っている加藤に挨拶した。


「ううん、大丈夫。私もちょうど来たところです」加藤は優しく礼儀正しく応えてくれた。


「そうか、よかった」近づいて、僕は加藤の隣に座った。


加藤は微笑んでいたが、それでも緊張した面影が顔に残っていた。


〈どうやら、まだ人と話すのに慣れていないみたいだな……〉


「えーと、今日のお弁当も加藤さんが自分で作ったんですか?」僕は不自然に話題を変えた。


「はい、そうです……練習の機会を無駄にしたくなくて、これからはお弁当を全部自分で作ろうと思って……」加藤はたどたどしい口調で僕の質問に答えた。


「そうか。なかなか意欲的だね。俺なんかよりずっとすごいよ」


「い、いえ!私、ただ頭が悪いから時間をかけて勉強する必要があるだけです。松本くん、そんなこと言わないでください!」加藤は慌てて手を振りながら説明した。


〈はあ、成長はしてるけど、どうやら二人きりの時に限るみたいだな……でも以前と比べたら、変化は明らかだけど〉


「はいはい、自分を卑下してるわけじゃないよ。ただの冗談だから、そんなに緊張しなくていい。リラックスして」


「あ、はい、ごめんなさい……私、まだ人と話すのに慣れなくて……」加藤はうつむいた。


「大丈夫。ゆっくりでいいんだ。誰だって一瞬で変われるわけじゃない。加藤さんが努力を続けてさえいれば」


「うん、わかりました……ありがとう、松本くん!」


「どういたしまして。さあ、早く昼ご飯食べよう。後で時間がなくなるよ」


そう言って、僕は自分のお弁当を開けた。


「はい……」加藤も慌ててお弁当を開けた。


ちなみに、加藤のお弁当はよくあるおかずばかりだったが、ご飯の量は信じられないほど少なかった。これでどうやって足りるのか理解できなかった。


「わあ、松本くんのお弁当、すごく凝ってるね……」加藤は僕のお弁当を見てそんな感想を漏らした。


「そう?これは母が作ってくれたんだ」


ご飯とおかずは僕が作ったが、盛り付けは松本さんがやってくれた。


「へえ、そうなんですか……松本くんのお母さん、器用なんですね」


「加藤さんもだよ。今日のお弁当もなかなか良さそうだ。腕がまた上がったんじゃない?」


「えへへ、そうかな……」加藤は恥ずかしそうにしながらも、それでも得意げな笑みを浮かべた。


〈やっぱり、こういう内気で恥ずかしがり屋の少女には、励ましと褒め言葉が効くんだな……〉


「よし、早く食べよう。そのうち冷めちゃうから」そう催促した。実際、僕は結構お腹が空いていた。


「あ、はい……」加藤は我に返り、姿勢を正した。「いただきます……」


加藤の動作を見て、僕は疑問を抱いた。


〈本当に食事文化だな。毎回食べる前にこんなことする……松本さんも家で私にこうするよう言うし……〉


僕は加藤のようにはせず、ただ箸を持って食べ始めようとした。


「あの……松本くん、食事の前の挨拶しないんですか……?」


加藤は僕を見つめ、僕の行動をとても不思議がっているようだった……


「ああ、すみません。私はその習慣がなくて……」


「えっ!で、でも……そんなことしたら、神様が松本くんを叱っちゃいますよ……」加藤は躊躇いながら心配を口にした。


これには僕も困ってしまった……


〈本当にその習慣ないんだよ。ただご飯食べるだけなのに、なんでわざわざ挨拶しなきゃいけないんだ……〉


心の中ではそう思ったが、加藤の躊躇う様子を見て、結局箸を置き、両手を合わせた。


「ああ……いただきます」


〈恥ずかしい……〉


「うんうん、これで神様も松本くんを叱らないよ」


「ああ……」


加藤が満足そうな笑顔を向けてくるのを見て、僕は少し呆れた。


〈まあいい、今回は彼女に合わせてやろう……〉

こうして、ようやく私たちは昼食を食べ始めた。

だが……加藤の視線がずっと気になっていた……


「あの……加藤さん、なんでずっとこっち見てるの……」


「えっ!ごめんなさい!わざとじゃないんです……」加藤は慌てて謝った。


「ただ、なんで見てるのか気になって。怒ってるわけじゃないから」


「あ、それは……その……」加藤はまた躊躇い始めた。


「もしかして、僕のお弁当を食べてみたい?」思いつくままに言ってみた。


「あ、はい……だって、松本くんのおかず、私の好きなものなんです……」加藤はもじもじしながら理由を話した。


「そうか。じゃあ加藤さん、自分で取っていいよ」


「えっ!で、でも松本くんの分が足りなくなっちゃうんじゃ……」


「大丈夫。ちょうど今日はご飯を多めによそっちゃったし、朝も結構食べたから」


「そ、そうですか……それじゃ、ありがとうございます、松本くん……」加藤はうなずいて感謝し、数切れ箸で取った。


「そ、その……私のお弁当も、松本くんに食べてもらえますか……!」


そう言うと、加藤は自分のお弁当を僕の前に差し出した。


「ああ……いいよ……」少し驚いたが、やはり箸を動かした。


一口味見してみると、だいたい予想通りの味だった。


「うん、悪くない。美味しいよ」


「は、はい……ありがとうございます、松本くん!」加藤は満足げな笑みを見せた。「あ、松本くんのお弁当もとっても美味しいです!」


〈まずい、どんどん娘を育ててるような気分になってきた……〉


加藤の様子を見て、そんな考えが頭をよぎった。

それとも……ペットを飼ってる感じ?


うん……多分そんな感じだろう……

「ど、どうしたんですか松本くん……ずっとこっち見てて……」加藤は僕の視線に気づき、少し緊張しながら疑問を口にした。


「ああ、別に。ちょっと考え事してただけ。さあ、食べよう」


「あ、はい……」加藤は気持ちを落ち着かせ、再びお弁当を食べ始めたが、顔にはほんのり赤みが差していた。


そんな雰囲気の中、私たちは静かな昼休みを過ごした。


少しのハプニングはあったが、なかなか良い体験だった。


……


昼休みはあっという間に終わり、僕と加藤は教室の入り口で手を振って別れた。


教室に戻ると、当然のように田中からの尋問が待っていたが、全て適当にあしらったり冗談でごまかしたりした。特に説明したくもないし、する必要も感じなかったからだ。


田中は不本意そうだったが、結局僕の言い分を受け入れるしかなかった。


冬雲も好奇心はあったが、田中ほど大げさではなく、軽く数問尋ねただけで噂話の興味は失せたようだ。


だが冬雲は加藤に幾分か興味を持ったようで、今後二人を紹介してほしいと頼んできた。加藤と友達になりたいとのことだ。


双方にとって利益のあることなら断る理由はない。すぐに加藤にメッセージを送ると、彼女も感謝と同意を示し、具体的な時間は僕に任せてくれた。


少し考えた末、ちょうど午後に加藤が料理部に行くことを思い出した。そこで二人を料理部で落ち合わせることにした。


僕自身は他にやることがあったので、今回は参加しない。


田中も参加したがったが、サッカー部の活動に縛られ、残念ながら不参加となった。


これには少し笑ってしまった。だって田中の性格では、料理部に行ったら間違いなく部員の三人に何と言われるかわからない。彼はいつもおおらかで、料理の腕前に関してはあまり期待していなかったから。


加藤と冬雲の交友活動は順調に決まったが、二人はなぜ僕が参加しないのか不思議がっていた。


僕はただ用事があると説明し、詳細な予定は伝えなかった。二人もそれを受け入れ、次回は参加してほしいと言ってきた。これには僕も同意した。だって二人とも現在の重点観察対象なのだから。


田中については……彼の個性と思考はだいたい把握できたので、重視度は自然と下がった。


とはいえ友達として、最低限の関心は持っている。


そんな雑談をしているうちに、午後の授業が始まった。


僕は授業に退屈し、すぐに上の空になり、思考は遥か遠くへと飛んでいった。


先生はまだ正式な授業を始めておらず、理論的な説明や心の準備をしているだけだったが、田中の心もどうやら先生に向いていないようだった。彼は隣の男子とこそこそ話をしていた。


冬雲は僕が「優等生」に対して持つイメージにぴったりで、まだ正式な授業でなくても先生に集中し、真剣に話を聞いていた。


内容については……特に気にしなかった。


まだ正式な授業じゃないし、聞く必要も感じなかった。


最も重要なのは、この先生は少し自己陶酔気味のようだった。授業が始まってからずっと、眉を動かしながら話している。たとえそれが役に立たない話だったとしても。


もちろん、これは僕の主観的な見方だが……


先生への関心を失い、僕は視線をクラスの他の生徒たちに向けた。


ここでひとつ。教室は広いが、各クラスの人数はそれほど多くない。大体30人ほどで、人数を確保しながらも教室が過度に混雑しないようにしている。この点については、とても良い配置だと思う。


私たちのクラスの人数は平均的で、31人しかいない。だからクラスには一つ、空き席があった。


空き席について、彼らが言うには、どうやら転校生が来るらしい。それも海外からのようだ。


これには何となく予感がした。だってこんな展開、漫画ではかなり古典的だから。


幼馴染が天降りしてきたり、海外にいた幼い頃の友達が主人公に会いに帰ってきたり、主人公と訳もなく衝突して絡み合ったり……などなど、日本の漫画ではよくあるパターンだ。


〈待てよ、もしかして私たちのクラスに主人公みたいな奴がいるんじゃ……〉


そう思って、僕はクラスの皆を一人一人観察し始めた。


だがいくら見ても、潜在的な主人公らしき人物は見つからなかった。


〈もしかして、俺みたいなNPCには主人公が見つけられないのか?関係のあるキャラクターだけがストーリーを進められるのか?〉


うーん、二次元設定に忠実すぎるな……


待てよ、もし主人公がいるなら、ヒロインもいるんじゃないか?


そう考え、再び観察を始めた。


見て回ると、確かに何人か潜在的なヒロイン候補が見つかった。


一人は冬雲七海。これは言うまでもない。人設も性格も多くの漫画設定にぴったりで、容姿については言う必要もない。間違いないヒロイン候補だ。


それからギャルコンビ。こういうタイプの漫画は少ないが、存在はする。それにギャルコンビの容姿もクラスで一二を争うほどだ。性格もギャルの典型的な設定に合っている。だからヒロイン候補でもある。


さらに、もう一人の女子もヒロイン候補の一人だと気づいた。


森島詩織。メガネをかけ、いつも本を手にしている物静かな少女。僕からは少し離れた右前方に座っている。多分性格は内向的で、読書が好きで、普段は文学的なものが好きなんだろう。


〈うん……癒し系内気少女みたいな題材もあるだろう〉


入学時の自己紹介は熱くも冷たくもなく、特に注目を集めなかった。ここ数日も小さなグループに参加しておらず、ただ本を読むのが好きな文学少女という感じだ。


〈でも、なかなか可愛い……〉


これは間違いない。偶然一度だけ見たことがあるから。


彼女は長い前髪で自分を隠しているが、容姿は驚くほど綺麗だった。


冬雲やギャルコンビのように容姿に優れた女子と比べると、森島はむしろ独特の雰囲気を感じさせる。冷たいが人を寄せ付けないわけではなく、高いところに咲く蘭のように、ほのかなぼんやりとした感覚を与える。


もし美貌だけで比べるなら、森島は冬雲やギャルコンビには及ばないと思う。だがあの独特の雰囲気が、森島を冬雲たちと区別している。


しかし彼女は自分の前髪で自分を封印し、とても目立たないようにしている。


〈もしおしゃれしたら、きっと学校の女神クラスになるだろう……〉


これは僕が出した大まかな評価だ。


いつか、森島を変えられる人が現れるかもしれない……


……


「はい、今日はここまで。帰り道は気をつけてください。それから今日の当番は掃除をしっかりお願いします。終わり!」


午後の最終授業がようやく終わり、僕も眠りから覚めた。


なぜ先生に見つからなかったかといえば、それはおそらく、どれだけの苦労をして身につけた究極の居眠りテクニックのおかげだろう。


姿勢を変えたりタイミングを計ったりして、仮眠を取る目的を達成する。これは中国の中学生活――六年間に磨き上げた技だ。


もちろん、絶対に見つからないわけではない。ただ、今回はこんなに運が良かっただけだ。


「あの、松本くん、さっきの授業、寝てたよね?」冬雲がそう尋ねてきた。


「あ……ああ?うん、つまらなくて少し寝ちゃった」僕はあくびをしながら、伸びをして答えた。


「なに!そんな大胆な!先生に見つかるのも怖くないんだな!」田中は何かすごいことだと思ったらしく、僕に大きな衝撃を受けたようだった。


「そんなに大げさなことか?ただ少し寝ただけだろ?」僕は彼の反応に驚いた。ちょっと居眠りしたくらい、大したことないはずなのに?


「確かにそうなんだけど、これで三日目だぜ!三日目で授業中に寝るなんて、この先一体何をしでかすかわかったもんじゃない」


うん……確かにその通りだ……多分クラスでこんなことするのは僕だけだろう……


「これからは授業、ちゃんと聞いてくださいね松本くん。先生に対しても自分に対しても、ちゃんと責任を持つべきですから!」冬雲は真剣な顔で言い、僕の考えを改めさせようとしているようだった。


〈はあ、やっぱり優等生だな……〉


「ああ、うん、これから気をつけるよ……」


心の中ではそう思ったが、表面上は冬雲に同意した。


案の定、冬雲は僕が同意すると、うなずいて微笑んだ。


「そうだよ、毎日寝てばかりじゃダメだ。勉強がおろそかになっちゃう」


田中は僕の肩を叩き、そう冗談を言った。


これには僕も苦笑いし、あまり返さなかった。


「あ、そうだ。今日の当番は松本に任せるよ。次は俺がやるから」田中は申し訳なさそうな目を向けた。


「大丈夫。次、ちゃんとやってくれればそれでいい」


「おう、もちろん!」田中はまた熱血少年のような様子を見せた。


「え?じゃあ今日の当番は松本くん一人ってこと?」冬雲は不思議そうな顔で私たちを見た。


「あ、うん……サッカー部で親善試合があって、俺が出場するから、松本に当番を代わってもらうしかないんだ。あ、でも次はちゃんとやるから!松本に損はさせない!」田中はどうやら冬雲の詰問するような視線に耐えられず、少し緊張しているようだった。


「そう?松本くんって優しいんですね!」冬雲は優しい笑みを浮かべて僕を見た。


「別に。俺も暇だし、時間つぶしになるから」


「え、でも……松本くん、用事があるんじゃなかったっけ?」冬雲は僕の話の盲点に気づき、すぐに疑問を投げかけた。


「ああ、俺の用事は急いでないし、掃除なんて大した時間かからないから。少し余計に時間かけても問題ない」


「そう……なんだ……」冬雲は半信半疑だったが、それでも僕の言い分を受け入れた。


「そっちこそ、まだそこに座ってないで、早く部活に行けよ」


僕は田中を急かし、同時に冬雲にも時間がないことを思い出させた。


「ああ、言われるまで忘れてた!じゃあ俺、先に行くぞ!」


そう言うと、田中は慌てて教室を出て行った。


「冬雲さんも、早く加藤さんを探しに行った方がいいよ。多分外で待ってるから」


「あ、そうでした!じゃあ私もそろそろ。さようなら、松本くん!」冬雲も急いで荷物をまとめて立ち上がり、手を振ってここを後にした。


二人が去ると、僕は特に何もせず、ただ静かに椅子に座り、騒がしいクラスメイトたちを見つめながら、無意味なことを考えていた。


途中、何人かのクラスメイトが挨拶に来て、この後の予定を尋ねてきた。どうやら彼らは一緒にカラオケに行く約束をしているようだ。


これにはとても惹かれたが、結局はお断りした。今はまだカラオケに行くときじゃない。当番も終わってないし、この後もやることがあるからだ。


彼らは残念がったが、僕も次回は必ず一緒に行くと約束した。


そうして時間が経つにつれ、教室には僕一人だけが残った。


「はあ……本当に充実した生活だな。道理で世界は高校生や若者に救ってもらおうとするわけだ……」


これには深く共感した。だって、社会人や生計に追われる人に世界を救えって言われても……ふふ、どう考えても無理だろう……


僕はスマホを見た。もう三時半だ。


〈よし、掃除を始めよう……〉


ここでひとつ言っておく。私たちの学校の掃除は通常、専門の清掃員が指定区域を担当する。だから私たち生徒は廊下と教室の掃除だけでいい。


〈じゃあまず廊下から掃除しよう……〉


そう考えて、僕は当番の仕事を始めた。


廊下はほとんどゴミがなかったので、簡単に掃いて拭くだけで済み、あまり時間はかからなかった。


教室に戻って掃除を始めた時、あまりにも退屈だったので、つい周杰倫(ジェイ・チョウ)の「晴天」を口ずさんでしまった。


「故事的小黄花,从出生那年就飘着……」


「没想到失去的勇气我还留着……」


「刮风这天,我试过握着你手,但偏偏……」


「好不容易,又能再多爱一遍,但故事的最后你还是说了拜拜~」


やはり、どこにいても、ジェイの歌さえあれば心も体もずっと楽になる。


歌を歌いながら、当番の仕事もずっと楽になった。


あっという間に一曲が終わった。


だが教室の掃除はまだ少し残っていたので、僕はジェイのもう一曲――「七里香」を歌い続けた。


「窗外的麻雀,在电线杆上多嘴……」


「秋刀鱼的滋味,猫跟你都想了解……」


「雨下整夜~我的爱溢出就像雨水……」


歌えば歌うほど感じが出てきて、声も知らず知らずのうちに大きくなっていた。


「那饱满的稻穗,幸福了整个季节……」


「雨下整夜,我的爱溢出就像雨水……」


「我接着写,把永远爱你写进诗的结尾,你是我唯一想要的了解~」


二曲が終わると、最後の仕上げも終わった。


「ふう!久しぶりに歌ったから、ちょっと下手になった気がする……」


これも仕方ない。転生してからほとんど歌う機会も時間もなかったので、ずっと歌っていなかった。前回歌ったのは中学三年……いや、中等部三年の第二学期の時で、その時はギターを弾きながら歌っていた。


今では……もう半年近く経つ。


〈これからはもっと時間を作って歌の練習をしないとな……〉


歌うのは好きだが、それ以上にジェイの音楽を楽しんでいる。


やっぱり、彼の歌は本当に多くの気づきと力をくれたから……


「よし、これで終わり!帰ろう!」


掃除道具を片付けると、僕はカバンを持って教室を出る準備をした。


だが教室のドアを開けた瞬間、予期せぬ人影が見えた。


「あ……そ、その、松本くん……こんにちは……」


「ああ……森島さん、ここで何してるの?それに、いつからここにいたんだ?」


そう、ドアを開けて見たのは、さっき授業中に観察していた森島だった。


だが今のこの状況……本当に気まずいな……


〈最悪、歌ってるのを聞かれた……これが世に言う“大規模な社会的死”ってやつか……〉


目の前で慌てて顔を赤らめている森島を見て、僕の心の中はそんな考えでいっぱいだった。

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