第4話 漫画のストーリー

いつもの朝、僕は眠りから覚めたが、意識はまださっき見ていた夢の中に引きずられていた……


夢の中では、僕は生きていて、両親と妹と食卓を囲み、笑いながら朝食を楽しみ、穏やかな朝を過ごしていた。


「父さん、母さん、妹……」


気づくと、一筋の涙が頬を伝っていた……


指で涙を拭い、僕はふっと笑ってしまった。


「いつから、俺もこんなに感傷的になったんだ……まったく……」


そう、僕は随分と涙など流していなかった。

最後に泣いたのはいつだったっけ?


ああ、子供の頃、親に混合ダブルで叱られた時か……


「懐かしい思い出だな……」と、思わずツッコミを入れる。


「悠真、起きた?」


部屋の外から松本さんの声が聞こえる。


「はい、今起きました」


慌てて起き上がり、布団を整える。


しばらくして、僕は松本さんと向かい合って食卓に着いた。


「悠真、何かあったの?なんだか今日はぼんやりしてるみたいだけど」


松本さんは心配そうな顔で、いたわりの込もった口調で尋ねた。


「いえ、ただ昨夜あまり眠れなくて。新学期にまだ慣れてないのかもしれません」


朝食を食べながら、そう言ってごまかそうとした。


「そう?それなら良かった。悠真が元気でさえいてくれれば。新学期のことは気にしすぎないで、自然にしていいから。ちゃんと休むんだよ、わかった?」


松本さんはそう言って僕に言い聞かせた。


僕は慌てて声を出して返事し、何度もうなずいて理解を示した。


それを見て、松本さんはいつもの笑顔を取り戻した。本当に安心したようだ。


僕は表情には出さなかったが、心の中ではずっと迷っていた……


自分が松本悠真なのかどうかというこの問題……松本さんに打ち明けるべきなのか……


もっと言えば、松本さんは僕の正体に気づいているのか……


一般論で言えば、普通の人は小説の中だけの話のような「魂の乗り移り」など信じないだろうから、わざわざ言う必要はない。


このまま平穏に過ごせば、大きな問題は起きないはずだ。


しかし、それは松本さんにとっては不公平なことだ。自分の息子が自分の息子でないのだから。僕が彼女の立場でも、おそらく受け入れられないだろう。


でも……どうやって説明すればいいのか……今のところ、何の見当もつかない……


さらに深刻なのは、たとえ正直に話したとしても、本当の松本悠真がどこに行ったのか、なぜ僕が彼の体に魂として宿ったのかを説明できないことだ……


まあいい、なるようになれ。考えすぎると頭が痛くなる……


……


「じゃあ、行ってきます」と、僕は玄関で言った。


「はい、気をつけて」松本さんはそう言うと、僕の頬に軽くキスをした。


この習慣には、まだあまり慣れていない。なぜこんなことをするのか、いまだにはっきりわからない。おそらく西洋文化の影響なんだろう……


道を歩きながら、鼻歌を歌い、周りの景色を楽しんだ。


正直なところ、これが中国だったら、とっくに授業が始まっている時間だ。歩きながら景色を楽しんでいる余裕などない。


約十分後、二つ目の交差点でクラスメイトの冬雲七海に出会った。


声をかけようと思ったが、冬雲がおばあさんを支えて横断歩道を渡る姿を見て、やめた。


まるで中国の公共広告のように、冬雲は微笑みながら人を助け、太陽のような温かさを届けていた。


「ありがとうね、お嬢ちゃん!」おばあさんはNPCのように、僕の頭の中にある決まり文句を口にした。


「いいえ、とんでもない。当然のことです」冬雲は笑顔で答えた。


「これからもお気をつけて、さようなら!」


二人は手を振って別れた。


「冬雲さんは本当に親切なんですね」


僕はタイミングを見計らって、冬雲の隣に歩み寄って言った。


「きゃっ!」冬雲は僕の接近に気づいていなかったらしく、突然の声にびっくりした。


「あ……ごめん、驚かせるつもりじゃなかったんだ」


「あ、あら……松本くんだったの。びっくりしたよ~」


冬雲はそう言いながら、胸に手を当てて落ち着かせようとしていた。


「ただ挨拶しようと思っただけです。わざと驚かせようとしたわけじゃありません」と僕は説明した。


「ううん、怒ってないよ。ただびっくりしただけ。でも次からはやめてね、わかった?」


冬雲はだんだん元の調子を取り戻し、次からはそうしないよう注意してくれた。


「わかりました」と僕は答えた。「ところで、冬雲さんは本当に親切ですね。登校二日目で、もうこんな良いことをするなんて」


「そんなことないよ。おばあさんをちょっと手伝っただけだから、良いことなんて言えないよ」

冬雲は謙遜して笑った。彼女にとってはごく普通のことのようだった。


〈本当にいい子だ。いわゆる「三好学生」ってやつかな……〉


「よかったら、一緒に歩きませんか?」と僕は冬雲に尋ねた。


「うん、いいよ。一緒に行こう」冬雲は笑顔でうなずいた。


こうして二人は並んで歩き始めた。


「そういえば……冬雲さんが僕の名前を覚えててくれたのは、意外でした」と、僕は何気なく話しかけた。学校までまだ少し距離があるからだ。


「え、意外?松本くんだって、私の名前覚えてくれてるじゃん」冬雲は少し驚いたように言った。


「状況が違います。冬雲さんは初日から目立っていました。僕は目立つようなことは何もしていませんから」


「そうかな?でも、松本くんは女子の話題では結構盛り上がってるんだよ~」冬雲は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「そうですか?でも、特に何もしていないと思うのですが……」


〈もしかして、何か無意識のうちに変なことでもしたのか……〉


「あらあら、松本くんって意外と鈍感なんだね。実はね、松本くんの外見だけでも十分話題になるんだよ!」


僕は一瞬たじろいだが、表情を変えずに言った。


「その評価はありがたく受け取ります。でも、冬雲さんに比べたら、僕の話題性なんて大したことないでしょう」


「え……それってどういう意味?」冬雲は明らかに予想外の返答に戸惑っているようだった。


「だって男子の間では、冬雲さんの話題が一番多いですから。『可愛い』とか『優しそう』とか『すごく親切で心が温かい』とか……細かいことは言いませんが」


僕はそう言いながら、表情はほとんど変わらず、せいぜいかすかに微笑む程度だった。


歩き続けるが、隣から冬雲の声が聞こえてこない。


「それで、冬雲さんはそれについてどう思いますか?」


返事がない。


「冬雲さん?冬雲……」


横顔を窺うと、隣には冬雲の姿がない。振り返ると、冬雲はぼんやりと立ち尽くしていた。近づいてみると、彼女の顔には薄らと赤みが差している。


「冬雲さん?」僕は手を伸ばして彼女の肩を軽く叩いた。


「あっ!あ、松本くんだ……はは……」冬雲は慌てて応えたが、顔の赤みはまだ引いていない。


「どうしたの?体調が悪いの?」


「あ……はは、大丈夫大丈夫。ただ、松本くんの言葉にちょっと驚いちゃって」冬雲は笑いながら言った。


「そうですか。もし何か言いすぎていたら、謝ります」


口ではそう言いながらも、僕はただ淡々と冬雲を見つめていた。彼らのようにすぐに頭を下げたり腰を折ったりはしない。やはり、元の意識と反応の癖が残っているのだ。


〈彼らがどうして何か言うたびに頭を下げたり腰を曲げたりするのか、本当に理解できない……〉


「あ、違う違う、怒ってないよ。ただ驚いただけ。だって、男子に直接そんな風に褒められたの、初めてだから……」冬雲は手を振って説明した。


「そうなんですか。それは意外です」


僕の理解では、冬雲のような明るい子は人気があるはずで、人から褒められるのも普通のことだと思うのだが……


「うんうん、だからただ驚いただけ。でもさ、松本くんって意外と大胆なんだね。内気で恥ずかしがり屋の子だったら、あっという間に松本くんに攻略されちゃうかもね」


冬雲は以前の調子を取り戻し、からかうように笑った。


「そんなつもりはありません。ただ事実を言っただけです」相変わらず淡々とした返答だ。


「あ……そ、そう、はは……じゃあ、松本くんの評価ありがとう、はは……」冬雲の顔が再び赤くなり、話し方もたどたどしくなった。


「大丈夫ですか?」彼女の変化に気づき、僕は少し悪戯っぽい笑みを浮かべて彼女を見た。


「だ、大丈夫……あっ!松本くん、わざとだったんだ!ひどい~!」冬雲は完全には元に戻っていなかったが、僕の不敵な笑みに気づいた。


「違います。ただの感想です」口ではそう言いながら、笑みは消えなかった。


「あ、松本くん、まだ笑ってる!」


「違います。見間違いです」僕は即座に普段の状態に戻り、淡々と答えた。


「笑ってた!さっき見たもん!」冬雲は食い下がった。


そんな雰囲気の中で、いつの間にか学校に着いていた。


教室に入ると、冬雲は僕に別れを告げ、すぐに女子のグループの会話に加わっていった。


よく耳を澄ますと、僕の名前が聞こえる。なぜ僕と冬雲が一緒に登校したのか、訊かれているのだろう。


男子の方もこのことに気づき、ほとんど全員が僕を取り囲んで、冬雲との関係をしつこく聞いてきた。


僕は淡々と答え、朝の出来事を簡潔に話した。


詳細については、あえて説明しなかった。彼らの文化習慣からすれば、話せば噂が広まりそうだからだ。


「はい、授業を始めます。みなさん席に着いてください」


高橋先生が教室に入り、みんなを席に着かせた。

こうして、僕は一時的に男子たちの質問から逃れられた。彼らに対応するのは、なかなか面倒だからだ。


あ、ちょうど授業が始まったので、彼らの学習内容について少し言っておこう。


普段の学習内容はとても簡単だ。教科書の内容も先生の解説も、中国と比べればかなり易しい。だから僕の授業はほとんどぼんやりしたり彼らを観察したりで、ほとんど聞いていない。少なくとも、中学校……いや、中等部の時はそうだった。


もちろん、彼らの学習が簡単だと言っているわけではない。ただの感想だ。重点の置き方や要求が違うから、単純に比較することはできない。


でも正直なところ、中国の学生はこの生活を羨むだろう。


他のことはさておき、朝少し長く寝られるだけでも、多くの人が羨むはずだ。


「松本くん、この問題を答えてください」高橋先生は、僕の放心状態を見て取ったのか、当てて問題に答えさせた。


ちらりと問題を見る。単純な数学の問題で、難易度は中国の中学二年生くらいのものだった。内心、またしてもツッコミたくなった。


〈これ……本当に違いが大きいな……〉


ためらわず、すぐに高橋先生の質問に答えた。


「あ……はい、どうぞ座って。でも、授業に集中してくださいね」


高橋先生は僕が答えられるとは思っていなかったようだが、軽くうなずいた。別に難しい問題ではなかったから。


「松本くんすごいね、授業聞いてなくても先生の質問に答えられるんだ」


突然声をかけてきたのは、隣の席の桜木楓だった。彼女もクラスで男子の話題に上がることの多い女子で、ギャル系だから目立っていた。


「そうそう、先生の質問にすぐ答えちゃった」


同調して話しかけてきたのは、同じくギャル系の小林璃乃だった。


アニメと違って、彼女たちは特別濃いメイクや派手な外見ではなく、ただ一般の生徒とは違う、ギャルというラベルがわかる程度だった。


「いえ、ただ簡単な問題ですから」と僕は淡々と答えた。


これは良かった。新学期が始まったばかりだから、いきなり本格的な授業を始めるわけにはいかない。


だからこれは、高橋先生が緊張をほぐし、今後の授業のためのウォーミングアップのようなものだ。


「私たちには難しいよ~。だって成績よくないし、やっとの思いで入学したんだから。前に習ったことなんて、ほとんど忘れちゃった」


桜木はそう言いながら、少しも慌てている様子はなく、むしろどうでも良さそうな顔をしていた。


「そうそう、だから松本くんってすごいなあって」


前に座っている小林は、椅子に背もたれかかるようにしてそう言った。


「ねえ!松本くん、私たちに勉強教えてくれない?成績が悪くてお母さんに怒られたくないんだ」


小林がそう提案した。


「あ、私もそれ!お父さんにうるさく言われがちだから……」隣の桜木も困ったような表情を見せた。


〈ギャル系なのに、意外と向上心がある……いや、あるにはあるが、あまり多くはない……〉


「僕は構いませんよ。クラスメイトの頼みですから。二人がよければいいですが」


少し気乗りしなかったが、これも調査の対象になりうると考え、承諾した。


「やったー!じゃあ、松本くんありがとうね!」


二人は顔を見合わせ、嬉しそうな表情を浮かべた。その後は僕を無視し、それぞれ携帯電話を見始めた。


しかし桜木の様子を見ると、何かを隠しているように見えた。彼女の目つきがどこか不自然だから……


〈たぶん、彼女たちなりの遊びか何かだろう……〉


少しは推測できたが、自分の考えは口にしなかった。あくまで推測に過ぎないからだ。


そう思いながら、僕はノートを取り出し、自分の観察と思いを書き留めた。


「あれ、松本くん、何書いてるの?」桜木が僕の行動に気づき、興味深そうに尋ねた。


「あ、別に。ただノートを取ってるだけです」本当のことは言わず、ごまかそうとした。


「ふーん……そうなんだ……」桜木は黒板の問題を見て、わかったようなわからないようなうなずき方をした。


……


午前中の授業はあっという間に終わり、昼休みに入った。


僕は彼らには加わらず、お弁当を持って屋上へ向かった。


誘いはされたが、すべて丁重に断った。一人でいる方が好きだからだ。


ほどなくして、屋上に着いた。


〈アニメによると、ここでは何かの出会いがあるはずだ……〉


そう思いながら、日当たりの良い場所を適当に選んで座り、昼食を食べ始めようとした。


春の日差しは思ったほど温かくなく、そよぐ春風にはまだ冬の名残の寒さが混じっている。寒すぎはしないが、冬の影を思い出させる。


昨日の経験から、今回は厚着をしてきたので、美味しいお弁当を味わいながら春の気配を感じることができた。


できれば、このまま寝てしまいたい。


でも、そうすると多分風邪をひくだろう……


自己陶酔に浸っていると、入り口の方から物音が聞こえてきた……


「はあ~!やっぱり、仕事の後に屋上で風に当たるのが一番だ!」


声の主は、黒髪の長い女生徒だった。


〈まさか、本当にそんなことが……〉


自分がアニメの世界にいるのではないかと疑ってしまった。


「おっと、誰かいるんだ。ハロー!」少女は振り返って僕に気づき、元気に挨拶してきた。


「ええ、こんにちは」僕は立ち上がらず、軽く手を挙げるだけで応えた。


「ごめんね、食事中に邪魔しちゃって」少女はそう言いながら、歩み寄ってきた。


「大丈夫です。僕が先に来ただけですから。屋上は共用スペースですし、誰が来ても構いません」

相手の動きに気づき、僕はゆっくりと立ち上がった。


「はは、そりゃそうだ。そうだ、私は三年A組の上野杏奈。この学校の生徒会長だよ」


上野はそう言いながら、片手を差し出した。


「先輩なんですね。一年A組の松本悠真です」

僕は軽く握手を交わし、応えた。


「おや、先輩に対して敬語を使わないなんて、なかなか屈しないね~」


上野は少し距離を詰め、少し厳しめの目で僕を見た。


この点については、僕は非常に困った。彼らではないのだから、彼らのような習慣はない……


「あ……すみません、普段からこういう調子で、つい……」口ではそう言いながら、ほとんど反応はしなかった。


上野は数秒間僕を見つめ、突然笑い出した。


「あはは、個性的な後輩だな。こういうのに出会うの久しぶりだ。面白い」


「多分ね。先輩も屋上で昼食ですか?」


彼女の言い方はあまり気にせず、話題を無理やり変えた。


上野はまた数秒間僕を見つめ、それから背を向けて伸びをした。


「違うよ。ただちょっと休みに来ただけ。さっきまで仕事が多くて、すごく疲れちゃって」


「そうですか。それじゃ、屋上は先輩に譲ります。僕が別の場所を探します」


面倒を避けるため、そう言ってその場を離れようとした。


「え~、いいよいいよ。私、ちょっと休むだけだから、すぐ帰るよ。長居はしないから」


そう言うと、上野は近くの椅子に座り、僕にも座るように促した。


「わかりました。先輩の邪魔にならなければ」僕は座ったが、上野とは適度な距離を保った。


〈よかった。わざわざ別の場所を探す手間が省けた〉


他の場所を探すのが面倒で、動くのが億劫なだけなのだ。


「先輩、もう昼食は食べましたか?よかったら少しどうですか。偶然、箸を二膳持ってきてしまったので」


礼儀として、一応聞いてみた。普通の人なら他人のものを断るだろうから、きっと断ってくれるはずだ。


箸については、松本さんが朝間違えて二膳入れてしまったのだ。


「お、いいの?じゃあ遠慮なく」


予想外にも、上野は気軽に受け入れ、すぐに箸を取って食べ始めた。


「あ……」僕は完全にこの反応を予想しておらず、一瞬呆然とした。


「ん?どうした?」上野は僕の反応に気づいたようで、少し尋ねると、また食べ続けた。


「いえ……」


僕は仕方なく首を振り、自分も食べ始めた。


食べなければ、彼女に全部食べられてしまう……

もう一つついでに言うと、彼らの弁当の量はもう少し多くできないのか?こんな少量でどうやって足りるんだ?本当に理解できない……


ほどなくして、お弁当は二人であっという間に平らげられた。


「ふう~、ごちそうさま、松本くん!」


上野は満足そうに僕の背中を軽く叩いた。僕のお弁当に満足したようだ。


「どういたしまして……」


僕は少し泣きそうだった。自分から聞いたこととはいえ……


〈ああ、聞かなければよかった……本当に口が災いの元だ……〉


「ありがとう。でないと、ずっとお腹を空かせたままだったかもしれない」


「どういたしまして。でも先輩は普段、昼ごはん食べないんですか?」


「そうなんだよ。普段仕事が多くて、生徒会の仕事だけじゃなくて、先生方の資料の処理も任されるから、自然と食べる時間がなくてね……」


上野は少し苦しそうな表情を浮かべ、これまでの苦労を思い出したようだ……


「それなら、仕事を生徒会の他のメンバーに分担させたらいいんじゃないですか?」僕は素朴な疑問を投げかけた。


「ああ……そうだね、その手があった。こんな簡単な方法、なんで今まで思いつかなかったんだろう……」上野は突然閃いたような顔をした。


「……」僕は言葉を失った……


〈この学校の生徒会、本当に大丈夫なのか……〉

そんな疑問が湧いてきた……


「うん、決めた。これからは仕事を全部彼らに任せよう!」


何か重大なことを独断で決めたようだ……


「全部じゃなくて、生徒会の他のメンバーに仕事を少しずつ分担させてくださいよ。せめて生徒会長らしくしてください……」


ついに我慢できず、そう本音を口にしてしまった。


「え~、でもやっぱり自分でやらないとダメなのか~。あーめんどくさい……」


また一人でブツブツ言い始めた……


「あ!そうだ、松本くんも生徒会に入ってよ!そうすれば私の仕事が減る!」


「いいえ、お断りします。部活にも入る気がないのに、ましてや生徒会なんて……」


そんな要求には、即座にきっぱりと断った。


ただ働きをさせるなんて、ありえない。


「え~、即断りか。意外だな。この学校の生徒会に入るの、結構難しいって知ってる?」


上野は僕が断るとは思っていなかったようで、好奇心に満ちた表情を見せた。


「うちの学校の生徒会は、成績優秀で品行方正な生徒しか入れないんだよ。それにさ……今は全員女の子なんだ~。それもそれも、全員可愛い子ばっかりだよ~」


この言葉を聞いて、僕は疑念を抱いた。


〈成績優秀で品行方正……君にはあてはまらないように見えるけど……どこからどう見ても、君が成績優秀で品行方正な生徒には見えない……〉


「いえ、やっぱりお断りします。僕はただ単に、どんな団体にも入りたくないんです。入りたいと思えば、とっくに部活に入っています」


「そうか~、松本くんって本当に屈せず、個性的だな……まあいいよいいよ、入らなくても。別に強制するわけじゃないし……」


上野は僕の反応に驚きつつも、生徒会に入れるという考えを諦めた。


もっと言えば……最初からそんな考えはなく、ただの冗談だったのかもしれない。


「はい、先輩のご理解に感謝します」相変わらず淡々とした返答で、最初から最後まで大して反応しなかった。


上野はまたじっと僕を見つめ、僕の目の中から何か秘密を探し出そうとしているようだった。


僕はこれには困惑したが、やはり無表情でいた……


「それじゃ、そろそろ戻ります」そう言って立ち上がり、去ろうとした。


「あっ!松本くんに言われて思い出した。まだやること山積みだった。急いで片付けないと……」

上野は慌てて立ち上がり、入り口の方へ走っていった。


「あ、そうだ、また今度ゆっくり話そう、松本くん。何かあったら生徒会室に来てね!じゃあね!」


「はい、また今度」僕も手を振って応えた。

屋上は再び静寂に包まれた……


〈上野杏奈……生徒会長……なかなか面白い……〉


僕の思考は再び広がっていく……


〈そういえば、今日はほとんど加藤に会わなかったな。休み時間にちらっと見かけた程度か……それから桜木と璃乃の補習の依頼。でも多分彼女たち、冗談で言ってるだけで、他に目的があるんだろう……冬雲も……はあ、いつの間にか観察対象が増えている……〉


しかし——


これこそが充実した高校生活ってものだろう……


そう思いながら、僕もゆっくりと屋上を後にするのだった。

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