メイドの卵
渡貫とゐち
第1話
「うん、決めた……君にしよう」
「……え、?」
ずらっと並んだメイド姿の少女たち。
年齢は近いように見えても様々だ。
まだ十代になったばかりの娘がいれば、成人した女性もいる。
身長差があり、凸凹とした列になって並ぶ少女たちは、真っ直ぐ、前を見ており……
目の前のお客様と目を合わせることを禁じられている。
視線で訴えかけてはならないのだ。
その中の、ひとりのメイド……名前はマーガレット。
年齢は十四だが、同年代と比べれば童顔だ。多少、発育は良いものの……そういう方向で求めるのならば、適した人材は他にもいる。マーガレットである必要はなかった。
それに、なによりも……
マーガレットはメイドとして、成績はよくない……言ってしまえば最下位の成績だ。
控えめに言ってもポンコツである。
彼女が動けば失敗ばかりで――トラブルに巻き込まれる。
不利益を被ったことで他のメイドからマーガレットへの当たりも強くなっていき……ようするにいじめられていた。
この子が選ばれるわけがない。
そういう雰囲気で周囲が満たされていたが……しかし、目の前のお客様――彼女たちのご主人様となるかもしれない男は、ポンコツの彼女を選んだのだった。
「お、お待ちください、ロングバッド様」
と、声を上げたのはマーガレットよりも年上の少女――いいや、女性だった。
高身長。既に成人している十代の彼女は、メイドとしても、夜の相手としても優秀だ。成績は第一位。マーガレットとは天と地の差がある。
「こんな、メイドのブランドを傷つけるようなちんちくりんよりも、私の方が優秀です。あなた様のどんな命令をも叶えることができるでしょう……なのでどうか……どうか私を買っては頂けませんか?」
――メイドを育成、そして販売している組織だった。
在籍しているメイドたちは、売れることがゴールであり、ステータスである。
小さい頃からそう学んできたのだから……。
そんな中で、マーガレットはいつまで経っても成績が上がらず……そのため、自分はどうしようもない失敗作だと卑下するようになった。
そばかすと、艶を失くしたお下げの茶髪。太い眉もコンプレックスだった。たとえメイドとして優秀だったとしても、こんなメイド、誰が買うのだ?
「……『これ』よりは多少の値は上がりますが、必ずや、あなた様の――」
「私はこの子にすると言ったが? 優秀なメイドは引っ込んでいてくれ――さて、君。早くこっちへきてくれるかな」
「ぇ……でも……」
マーガレットはお客様と成績第一位の、所謂先輩を交互に見ながら。
どうすればいいか分からず、おどおどと足踏みしてしまう。
「私のところへくるのは嫌かな?」
「っ、そんなことはございません!!」
寂しそうなお客様の顔を見てしまったマーガレットは、もちろん断ることはせず、踵を返して部屋を出て行った。
全員がぽかんとするが……、彼女は選ばれると思っていなかったようで、荷物をまとめたスーツケースを後ろに準備していなかったのだ。
メイドの全員が呆れた。
確かに選ばれる可能性は0に近いとは言え……。
さすがに今から荷造りをするわけではないだろう。
「まあ、彼女が欲しがるものであればこちらで用意する気ではあるが……」
呟くお客様――ならぬ、マーガレットのご主人様。
ロングバッドは、ふと高いプライドをへし折られた音を聞いた。
「……なんで……?」
成績第一位のメイドがついつい、こぼした。
「あ、あのちんちくりんよりも……私の方が……ッ!!」
「うん、優秀だろうね。でも、それだけだ」
「それ以外になにを望むと言うのですかっっ」
「君には分からないことだろうね……なあ、オーナー?」
「どうかなさいましたかな、ロングバッド様」
ふくよかな女性メイドが、ロングバッドの横へついた。
彼女こそが、メイドたちを育てた親のような存在だ……同時に厳しい教官でもある。
そんな彼女でも、マーガレットについては匙を投げたのだった。
……まさかあの子が売れるとは……。さすがの育ての親も驚いた。
「この子たちだが、もう下げてくれて構わない。私が欲しい子はもう手に入れたからな」
「マーガレットのみの購入でよろしいですか? …………あの、お言葉ですが、あの子はかなり…………メイドとしては卵……よりも未熟でしょう。よろしいのですね?」
「構わんよ。そもそも優秀なメイドを探していたわけでもない」
あえて最下位を選んだ……? わけでもなく。
ロングバッドはたったひとり、マーガレットを欲しがったのだ。
つまり最初から、他のメイドに勝ち目はなかった。
「……かしこまりました。――お前たち、下がりなさい」
「う、うそ……、私が売れ残り……?」
「あの子が売れただけさ。君が売れ残ったわけじゃない――いずれ、君を選んでくれるご主人様が現れるだろうさ。その時まで気長に待っていればいいよ」
並んでいたメイドたちがぞろぞろと部屋を出ていく。
その列と入れ替わりで、スーツケースを引いたマーガレットが戻ってきた。
彼女の腰まである、大きなスーツケースだった。
「お、お待たせしました!」
「うむ。では行こうか」
「ど、どこへ……?」
聞くまでもなく分かることだろうが、マーガレットはつい聞いてしまった。
怒られても仕方がないミスだが、ロングバッドは顔色ひとつ変えずに返事をした。
「私の屋敷だよ。そして、君が働く屋敷になる」
#
翌日、マーガレットは正式に、ロングバッド邸で働くこととなった。
しかし、マーガレットは失敗ばかりだった……卵とは言え……。成績が悪いとはもちろん知っていたが、まさかここまでとは……予想を軽々と越えてくるメイドである。
皿は割れるし水は漏れるし、屋敷は傾いてしまうし――で踏んだり蹴ったりだ。
笑ってしまう。
元々、ロングバッド邸で働いていた女性メイドは冷静に対処しているが、足音には苛立ちがあった。その音を聞いて、マーガレットが委縮してしまう……。
それもあり、失敗続きの悪循環になってしまっているのかもしれない。
「ごめんなさい……」
ロングバッドの自室で。
涙を流しながら頭を下げるマーガレット。
ロングバッドは落ち込む彼女の頬を、むに、とつまんだ。
「ふえ」
「構わんよ。君はそのままでいいんだ――だから、仕込んだそのナイフで事あるごとに首元へ添えるのはやめなさい」
懐に隠してあったナイフを取り上げる。
その際に、彼女の胸に手の甲が当たってしまって、罪悪感でロングバッドの方がそのナイフで自害したくなる。……わざとじゃないが、汚してしまった感覚だった。
「……失礼」
「あ、ナイフぅ……」
腕を伸ばしたマーガレットへ、ロングバッドがゆっくり首を左右へ振った。
こんなものを欲しがるな。
「失敗ばかりだが、わざとでないことを知っている……無理をするな」
「はい……」
落ち込むマーガレットは、とぼとぼ、という足取りで部屋を出て行った。
彼女と入れ違いで、この屋敷の管理を任されているメイド長が顔を出す。
いつも冷静な彼女だが、今日は足音に色々と感情が乗っていた。
マーガレットへの憎しみではないので、安心した。
「ご主人様」
「なんだね」
「甘過ぎ」
「……そう言うな。あの子にメイドらしさを期待しているわけじゃないんだ」
「え、じゃあまさか夜の……ですか?」
「そっちでもない。そういうことじゃないんだよ――勘違いするな」
じゃあどういうことなんだ、と質問されたら……ロングバッド自身も返答はできないが。
……彼も自分で自分が不思議なのだ。マーガレットを一目見た時から……、この感情が抑えられなくなった。庇護欲に心が支配された。
彼女のことを、まるで我が子を甘やかすように、可愛がりたくなったのだ。
だから、大金を用意してでも買い取ったのだ。
……結局、低価格で買えたのは肩透かしだったが……。
おかげで彼女のために投資することができた。
「私はね、あの子と一緒にいたいだけなんだよ」
「では、メイドとして働かせるのではなく、養子として迎えたらどうでしょう?」
娘にしてしまえば。
確かに、年齢差としてはあり得るだろう。……父と娘。
違和感はない。
しかし、ロングバッドは頷かなかった。
「はぁ。そういうつもりじゃないと言っただろう。メイドとして、ポンコツでも構わん。私は、ただ、あの子と過ごせればそれでいいのだから――」
おはよう、いってらっしゃい、おかえり、おやすみ……それを言い合える関係になりたかった。上下関係などなく、笑える雑談がしたかった。
彼女の一生懸命な姿を見たかった。
それだけ、だったのだ。
だから――ここにいてくれるだけでいいのだ。
窓の外を見る。
花壇への水やり仕事なのだが、ホースが暴れて水遊びをしているみたいにびしょびしょになったマーガレットの姿が見える。ロングバッドが微笑んだ。
「……怒れないね」
「ご主人様……」
「呆れないでくれよ。仕方ないだろう……この感覚は私も初めてなのだから――。よく分からんよ、なんだね、これは……」
「ご主人様は、そういう経験はなかったのですね」
「? そういう経験?」
「はい。ご主人様――人はそれを、恋と呼ぶのですよ?」
ロングバッドは、マーガレットが喜ぶだろう、というだけの理由で、庭に咲いていた花をいくつか摘んで束にし、彼女へ渡した。
花言葉は考えていなかった。
マーガレットも分からないだろうと思ったからだ。
仮に花言葉が、たとえばプロポーズだったとしても構わない。
あなただけを愛するでも、誤解ではないのだから――
「ご主人様、勝手に摘まないでください、もうっ」
怒られたけど。
ロングバッドは、怒られたけど、とても嬉しそうに笑っていた。
・・・おわり
メイドの卵 渡貫とゐち @josho
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