第2話
陰陽師という超常を扱う部署は胡散臭がられるのも常で、私の場合は公務員と名乗ったり、突っ込まれれば当たらずとも遠からずな生活福祉課とでも答えることもあった。それに相手が本性を隠して過ごしている神仏や化生だった場合が一番気まずい。私の立場からすれば問題が無ければ干渉したくないし、向こうも陰陽師と同じ場にいるのは嫌だろう。
そんなわけで私は自分の職業をはぐらかしたわけだが、隣の席に座った彼は微笑んだ表情のまま軽く首を傾げる。納得がいっていない、とも違うように感じる。私が困惑気味に彼の顔を見上げていると、カウンター越しに大将が話しかけてきた。
「本当の職業、言っちゃって大丈夫ですよ。彼、そういうの平気なヒトなんで」
「ええ……?」
「いや、からかってしまってすみません。実は私、午の仙人なんですよ」
午の仙人、要するに今年の歳神だ。歳を司る干支仙人は、仙人と名がついてはいるが、人というよりは人の姿をした神だ。人の心などは当然の読んでしまうし、つまるところ、私の正体は初めからバレていたということになる。午の仙人だからといって外面や内面に馬の要素があるわけでもなく、術を使って調査しなければ陰陽師であっても正体を見破るのは困難なことなのだ。
「もう、大将も人が悪い……そうです、本当は陰陽師ですよ。でも、今日は非番ですから気にしないでくれると助かります」
「もちろん、気にしませんよ。気にしてなさそうでしょう?」
そればかりは真実に見える。午の仙人の笑顔は本心のように見えるし、若竹煮を食べる速度は変わりないし、お湯割りは冷める前にほとんど空になっている。むしろ私の困惑する姿をつまみにして酒が進んでいるようにすら見えた。
彼は若竹煮を食べきってしまう前に次の料理を大将へ注文する。それは麻婆豆腐だった。麻婆豆腐といえば元々は大陸の料理で、豆腐を辛味の強いソースで炒り焼きにしたような料理だ。原典を紐解けば辛味ソースで豆腐を調味しただけ料理だが、現在ではほぼ確実にある食材が含まれている。そう、牛挽肉だ。
「午の仙人なのに肉料理は良いのかって思いました?」
「ええ、まあ、思いましたね。身体はヒトですし、仙人ですから消化には問題ないのでしょうが、好みの上ではどうなのですか?」
「これでも昔はやんちゃしていましてね。随分と乱暴者だったし、肉もよく口にしていましたよ。むしろ、肉の方がよく食べていたかな?」
彼の話を聞いた私は、ふと思い至る話があった。干支仙人は神話上の――もちろん神話といいつつ史実であることが多いのだが――事物を踏襲していることが多い。午の仙人である彼もその例に漏れないのだとして、午の説話はそれほど多くない。
ひとつには馬頭観音が考えられるだろう。馬頭観音は冠に馬の意匠があるものの頭自体はヒトだ。しかし源流を辿れば大陸の異なる神に辿り着く。その神がかつて盗まれた本を取り戻すために馬頭を持つ姿へ変身したことから、現代の馬頭観音の冠に馬の意匠があるのだ。しかしどちらかといえば敵を討つ側であって「やんちゃしていた」という彼の言葉にはそぐわない気もする。
もうひとつ考えられるのは馬頭羅刹だ。地獄の入り口の門番や、地獄の罪人たちを責め苛む獄卒の中に牛頭馬頭と呼ばれる牛頭人身、あるいは馬頭人身の者がいる。馬頭は仏教に帰依した存在で、源流を辿れば羅刹と呼ばれる人食いの魔物であったようだ。
「午の仙人というと元は馬頭羅刹ですか」
「さすが、よく勉強していますね。そうそう、昔は人の肉も食べたものです。倫理も何もあったものじゃなかった時代ですから、今では考えられないことですが」
にっこりと笑う彼はさらりと凄いことを言っているが、なぜかあまり怖さを感じさせない。それは長年と教えによって丸まった、彼という存在の歴史を感じさせるもので、少なくとも今晩を隣の席で過ごしても大丈夫だという安心感を備えたものだった。もちろん、長年の月日によって演技力が培われている可能性もあるが、仮にそうであっても逃れる術は無いので考えないことにする。
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