神仙グルメ『丙午』
青王我
第1話
個人の居酒屋で常連となると、ちょっとしたわがままが利くところもあるものだ。普段は入れてないような酒のボトルを仕入れてもらったりとか、店を通して食材を融通してもらったりとか。代わりに予約時間を店の都合でずらすことを提案されるといったこともあるのだが、これも持ちつ持たれつというものだ。
そんなわけで、珍しく宴会の予約が入っていたいつもの居酒屋から少し遅い時間へ予約を変更された私は、ちょうど後から入ってきた別の客と隣同士の席に座ることになった。常連や知り合い同士でも無ければ、こういう居酒屋のカウンター席で隣同士になるということは稀なのだが、今日ばかりは致し方ない。先の宴会が終わったばかりでカウンター席の奥側はほとんど食後の食器で埋まっていたのだ。
カウンター席の奥側から更に奥へ進むと、のれん越しに店の洗い場へ繋がっている。3つあるテーブル席をなんとか片付けた大将だったものの、洗い場が埋まってしまい、カウンター席にあぶれた皿を積み重ねることで済ませたというわけだ。
「いやあ、すみませんねえ。幅を取ってしまって」
「いえいえ、お構いなく。それにしても立派な体格だ」
私の隣に座っているのは、2席分の椅子を連結して腰を落ち着けている大柄な男性だ。日本家屋のこの店の鴨居をはっきりとかがんでくぐり抜けたことから、身長は2メートルは下らないだろう。ハードレザージャケットにデニムジーンズという出で立ちもさることながら、服の生地が張り詰めるほどに発達した筋肉のおかげで随分と厳つい印象を受ける。
最初、店に入ってきた際に後ろ手で引き戸を閉じようとした私だったが、その戸は途中で止められた。頑として動かない引き戸に一瞬、がたつきによるものかと錯覚した私だったが、振り返った私を見下ろす彼の姿でようやく事の次第を理解したのだ。そういう経緯もあって当初こそびくびくしていた私だが、話してみると柔和で、声色も優しい好青年だった。
彼が最初に頼んだのは若竹煮だ。出汁醤油でじっくり煮込んだタケノコと、同じ煮汁で軽く煮上げたワカメを合わせた煮物である。缶詰や乾物を使えば年中楽しめる味ではあるが、いずれも春先に収穫できることから、春先の出会い物と呼ばれる春の味覚だ。大将も当然のように新物のタケノコとワカメを使った若竹煮を調理し、彼に提供していた。
「はい、若竹煮。それと米焼酎のお湯割りね」
「これは……豪儀な量ですね」
「そうでしょう。たくさん食べてくれるので私も嬉しいばかりで」
隣の彼に提供された若竹煮は、控えめではあるものの大鉢と言っていい大きさの器にたっぷりと盛られている。お供にしている焼酎のお湯割りもまた規模が大きい。通常なら取っ手がついた小さな耐熱グラスや、陶器の湯飲みで提供されるものが、彼の場合は大ジョッキだ。早速もりもりと食べ始めている彼の様子を、作り手たる大将は上機嫌に眺めていた。
こういった客との距離が短い店において、他のお客が食べている者を食べたくなるのは、一種の運命とも言えるだろう。私もまた、一品目のつまみとして若竹煮を選択した。私は少食なため、もちろん分量は一人前だが。
同じ料理を注文したことで、隣の彼との距離感が少し縮まった気がする。早くも大盛りの若竹煮を三分の一も食べ終えた彼は、お湯割りをぐいっと傾けてから私の方へ顔を向ける。
「私はふだん警備会社に勤務しているんですよ。なんというか、こういう体格ですから、天職に感じられましてね」
「ああ、それはそうでしょうね」
「あなたはどんなご職業なのですか?」
「私ですか……私はまあ、公務員ですね」
職業と聞かれて、私はほんの少し言いよどんだ。公務員というのは噓ではないが、かなり婉曲的な表現と言えるだろう。本当のところ、私の職業は陰陽師である。この世界には神も精霊も自由に街を歩き回っているが、そういう者らが起こした問題は魔法だったり仙術だったりと、普通の警察官では対処しづらい一面を持っている。そういう超常的な問題を引き受けるのが我々、陰陽師というわけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます