幻想鉄道

水到渠成

第1話硝子の雨の午前2時

 午前2時、天井から硝子の雨が降っていた。

 割れもしない透明な破片が、部屋の空気を泳ぐように漂い、私の頬に触れるとぬるいミルクの匂いがした。


 ラジオはまだ喋っている。

「本日の天気予報は、ひらがな五文字です。」

 その声は母の声に似ていたが、母は七年前に机の引き出しに閉じ込められて以来、一度も外に出てきていない。


 硝子を一枚口に含むと、舌の上で魚のように跳ね、やがて小さな電車に変わって喉の奥を走り抜けた。

 胃の中で線路が敷かれた音がする。

 次の駅はどこだろう。

 私は立ち上がり、壁に掛かったドアを開けた。


 外は真昼だった。

 太陽は二つあり、片方は私を睨み、もう片方は笑っていた。

 笑っている方の太陽が言う。

「乗車券はお持ちですか?」


 私はポケットを探り、幼いころの夢を一枚取り出す。

 裏面には、見知らぬ未来の自分が眠っていた。

 それを太陽に渡すと、空が逆さまになり、私は雲の下に落ちていった。


 落ちながら思った。

 たぶん次の駅は、生まれる前に置き忘れた場所だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る