パブリック・マーダー~転生したら国家公認殺人鬼にされました~

クッキー

第1話

 雨の降る山道で、トラックと正面衝突した車から投げ出された俺は、ズキズキと痛む体を芋虫のように地面に這いつくばらせていた。


 俺はなにもできず、燃え盛る車を見ていることしかできなかったーーーー。








 放課後になった。クラスメイトたちはいっせいに立ち上がり、我先にと教室から出ていく。


 混雑が落ち着いたころ、俺は席を立って鞄を手に取った。


昇降口にたどり着くと、見知った男女が待っていた。


「遅いぞ神崎直哉! いつまで待たせるつもりなの!」


 黒髪ツインテールの女子高生が叫ぶ。俺の幼馴染の吉沢リコだ。

 

 リコは鞄を両手で持ちながら頬をぷっくり膨らませていた。


 その顔はまるで冬眠前のリスだ。


「おっせーぞ、直哉。つっても俺もついさっき来たばっかりだけどな」


 片手で鞄を持ち、肩にひっさげている金髪の男子生徒が気だるそうに言った。彼は中学時代からつるんでいる岡田貫太郎だ。


 見ての通り不良。とはいえ高校デビューだから金髪に染めたのはつい最近。中学時代は野球部でずっと坊主だったので、当時から高校生になったら絶対金髪にしてやるといっていた。


 身長高めでピアスはもりもり、ワイシャツにネクタイなんかつけずに胸元まで開いている。

 

 この二人とは、ことあるごとにつるんでいる。いわゆる腐れ縁ってやつだ。


「そんなに待つのが嫌なら先に帰ってればよかったじゃないか」


 そんな憎まれ口を叩くと、リスのように膨らんでいたリコの頬がさらに膨れ上がった。


「バカ言わないでよこのバカ!」

 

 貫太郎も前髪をかき上げて横目で俺を睨みつけてきた。


「そうだぞバカ。お前がいないなんてありえるかよこのバカ」


 なんでこんなにバカバカ言われなければならないんだ。


 別に俺はひとりでも平気なのに。


「はいはい、わかったよ。俺が悪かった。ごめん」

「それでいいの!」

「ようやく素直になったか」


 なにが嬉しいのか、二人はにやにやと口元をいやらしく歪めていた。


 俺はため息をひとつ吐きこぼし、靴を履いて昇降口を出た。


「ねえねえ、駅前に新しいケーキ屋さんできたんだけどこんどいかない!?」

「お、いいねー! じゃあさじゃあさ、その前にカラオケいって点数最下位のやつが奢るってどーよ!」

「いいねー!」


 なんか後ろで盛り上がってる。


 本当に俺なんていなくてもいいんじゃないだろうか。


 そう思っていると、肩に腕を回された。


「聞いてたか直哉! カラオケで最下位のやつがケーキ奢りだぞ!」

「俺はそんなのやるなんて……」

「あ、直哉ってばもしかして負けるのが怖いんだー! 直哉、音痴だもんねー!」

「はあ!? いつも童謡ばっか歌ってるやつにいわれたくないんだけど!?」

「じゃあ直哉もやるってことでオッケー?」


 貫太郎が俺のほっぺに人差し指をめり込ませてぐりぐりしてきた。


 ムカムカムカ、と頭に血がのぼってきて、俺は貫太郎の手を振り払った。


「やめろ! やってやるよ! 俺の歌唱力の高さにひれ伏せ!」

「直哉ってほんとちょろーい!」

「ウハハハハハ! やっぱ直哉っておもしれーわ!」


 ほんとに、なんでいつもこんなにテンション高いんだこの二人は。


 そんなことを思いつつ、帰路につく。


 田舎というほど寂れてもなく、都会というほど豊かでもない町を歩いていく。


 三人そろって踏切で電車が通過するのを待っている。


 じゃり、と足元に違和感を覚えて視線を下げると、足元にセミの亡骸が転がっていた。


 無数の蟻にたかられて、見るも無残な死にざまだ。


 こうやって不意に見せられる死が、俺は苦手だ。


 死はだれにでもついてまわる。


 どれだけ若くて健康な人でも、最後には必ず死んでしまう。


 死恐怖症タナトフォビアだなんてかっこつけた言い方をするつもりはないけど、俺は、死が怖い。


 電車が通り過ぎて、黄色と黒のバーが上がっていく。


 歩き出そうと思ったけど、貫太郎が歩き出さないので不審に思って立ち止まった。


「どうした?」

「みろよ、あれ」


 貫太郎は空を指さした。


 そこには夕日に照らされた雲が浮かんでいた。


 小さな雲の塊が三つ。


 細い雲で繋がれて、輪になっている。


「わたしたちみたいだね!」


 リコがにししと笑った。


「ぷっ……いや、どこがだよ」


 俺はリコのあまりにも屈託のない笑顔に、つられて笑った。


「俺たちさ、ずっと仲良くしようぜ」


 貫太郎が俺とリコの肩に手を乗せて言った。


 よくそんな臭い台詞がいえるな。


 なんて感心半分、照れくささ半分に聞いていた。


 やっぱあれなのかな。野球部って熱血が多いのかな。かってな想像だけど。


「もちろん! 直哉もいいよね!」

「どうなんだ直哉。ずっと俺たちと仲良くしてくれるか?」


 なぜか二人に詰め寄られる形になる俺。


 なんなんだこの状況。


「……気が向いたらね」

「ほんっと、直哉は素直じゃないんだから!」

「でもそこがおもしろいとこでもあるんだよな」

「いいから、はやく帰るよ」


 二人の前にでて歩く。


 慌てて二人もついてくる。


 本当は、照れた顔を見られたくないだけだった。俺だって、こんな穏やかな日常がいつまでも続けばいいと思うさ。


「じゃ、また明日な」


 分かれ道で貫太郎と別れた。家の方向が違うからだ。


 リコと二人きり。といっても、なにが変わるわけでもない。リコは相変わらずのマシンガントークで最近の流行り廃りを語っていた。


「じゃあね直哉! また明日!」


 商店街を抜けると、リコとも別れた。


 まだ日が落ちる時間ではないのに、うす暗くなってきた。


 いつのまにかぶ厚い雲が空を覆っていた。


 これは、ひと雨くるかもしれない。


 俺の予感は的中した。


 鼻先にぽつんと一滴落ちたかと思ったら、バケツをひっくり返したような大雨が降ってきた。


 俺はたまらずトンネルに滑り込んだ。


「はぁー、ついてないな」


 服はびしょ濡れ。夏だから風邪をひく心配はないけど、肌に張り付いて気持ち悪い。


 それにいつも不気味なこのトンネルが、雨の薄暗さと相まってなおのこと気味が悪い。


 ちかちかと明滅する蛍光灯。蛍光灯にの光に群がる虫たち。壁は落書きだらけ。足元には虫の死骸や落ち葉が散乱している。


 明るいときに通ってもさっさと通り抜けたいのに、こんな大雨ではここで立ち往生するしかない。


 きっと通り雨だろうし、すぐ晴れると思うからここは辛抱して雨宿りするとしよう。


 ポケットからスマホを取り出して天気予報を確認していると、正面から黒い大型バンがやってきた。


 妙にゆっくりと走っている。


 不審に思いながらも俺の視線はスマホに注がれた。


 バンが俺の隣を通り過ぎようとしたとき、急に止まった。


 それからすぐに後部座席の扉が開いた。


「は?」


 直後、伸びてきた腕に顔と腕を掴まれてバンに引きづりこまれた。


 口元になにか布のようなものを押し当てられる。ひゅう、と息を吸ったとたん、意識が遠のいたーーーー。

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2025年12月30日 08:00
2025年12月31日 08:00
2026年1月1日 08:00

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