ep.9〜13「夢を語る男、その夢を分析する男」

9

*

- 絵写乱さんは、だいぶ元に戻ったみたいだね。そうだね。良かった。 -

*



「お父さん、東陽小で小学生に、バズりをいじられたりしなかった?」


凪は、少しニヤニヤしながら絵写乱の反応を待っている。


「二人だ。クスクス笑っていて、先生に何度か注意され、結局退席させられた。

何を笑っていたかは不明だ。単なる内輪ネタかもしれん。」


「そっか。そうだよね。わかんないもんね。」

と、微妙な表情の凪。



「ところで、このメルルーサ白身魚のフライは美味うまいね!」


「お兄、そうでしょ。サトウ食材で見つけたの。

しかも、ちゃんとメルルーサって書いてあったんだよー。

私の手作りですぞ。」ユキが得意気とくいげに言う。


フライは美味おいしいが、

やり取りに若干ウンザリしている凪が、思い出したように喋り出す。

と同時に、おたよりを絵写乱に見せる。


「じゃーん。見て見て。急遽きゅうきょ、来週の金曜日、5限に講演会が決定―。」


「ほう。良かったな。…むっ!」


「何よ。むっ!って。イケメンの元プロサッカー選手だよ。

それだけでワクワクしちゃうよね。もしかして、10代の選手も一緒に来たりして。」

やたらとテンションが高い凪の目が輝く。


「凪ちゃん。10代の選手は来ないよ。」

笑顔で冷たく、ユキが言い放つ。


「えー。ま、いっか。授業も潰れるし。」


「教師の前で、それを言うかなー。」


「家では、木村先生じゃなくて、ユキちゃん。でしょ。」


自分の理屈で、公私混同こうしこんどうを避けていた数ヶ月前が懐かしい凪である。




10

。」

ドヤ顔を作り、絵写乱が言った。


「な、いきなり何言ってんの?似合わないんだけど。」

凪が本気でビビる。


「え。いや。おたよりに書いてある、講演のタイトルだけど。」


「あ。阿坂ヒロさんのね。阿坂さんが言うならいいの。

お父さんは、絶対言わないだろうセリフだからね。」

なぜか、凪もドヤ顔である。



「お兄の講演だと、そういう言い方はしないもんね。」


急に真顔になり、数秒後、

「そうだな。私の講演では、使いにくい言葉だ。」


ユキは、今の数秒を数分に感じた。凪は、何も感じなかった。



*



「そうだ!お父さん、サッカー詳しいよね。

ちょっと教えて。J2ジェイツーって何?プロなの?

阿坂さんは、元J2リーグサッカー選手だって。」


「ふむ。プロだ。J1ジェイワンが、日本のプロの一番上のリーグだ。

J2がその下のリーグだ。ちなみに、J3ジェイスリーもあるし、その下もある。」


なんとなく凪は理解した気になって、言ってみる。


「うーん。じゃあ、一番上手いのがJ1ってことね。」


「単純に上手い、下手ではない。全員上手い。プロなんだからな。

それに、サッカーは11人がピッチに居る。

しかも、選手はもっといる。チームスポーツなんだ。

J3だから上手くない。という理屈は、間違っているし、失礼だ。」


「ごめん。そういうつもりじゃなかったけど、私が悪かった…。」


「いや。わかればいいし。凪はわかっているはずだ。そうだろ。」



*



- 絵写乱さんって、敬意っていうの?を大事にするよね。うんうん。

人以外にも敬意を持っているよ。

車も大事にしているしね。うんうん。お酒もね。

凪ちゃんもわかってるよね。そりゃそうだよー。

枯葉かれはや石ころくれたりするじゃーん。 -




*

13

「ちょっと出掛けてきます。1時間もかからないと思います。

帰ってきてからお風呂に入って、私が洗うので、そのままで。」


絵写乱が19時過ぎ、女子達がリビングでくつろいでいる時に言った。


「は、はぁ。了解です。」


どちらともなく返事をする凪とユキ。



*

数日経すうじつたち、凪が楽しみにしている講演の前日、木曜日の夕飯時ゆうはんどき


「あー。明日が楽しみだなー。明後日あさっては、土曜日だしー。」


「ユキさん、私も阿坂さんの講演を聞きに行きたいな。保護者席はあるよね。」

オレンジ色のおたまでカレーを盛りながら、絵写乱が言う。


「もちろんあるよ。結構埋まると思うから、関係者席を取っておくよ。」

スプーンなどを用意しながら、ユキが答える。


「お父さん、まさか。嫉妬やきもち?他の人の講演なんか見ることあるっけ?」



桃柄ももがらのエプロンを脱ぎ、

何かを抱き、両手でそれを上にかかげたポーズで言った。


「あるに決まっているだろう。

一流のプレゼンというものは、

分野が違えど、確実に参考になるものだ。」




12

石橋中の体育館、5限開始10分前。

ステージ横には、演題が立ててある。


[夢は必ず叶う 努力は裏切らない]

[講師 元J2リーグプロサッカー選手 阿坂ヒロ氏]


全校生徒、教職員、保護者が集まる中。

絵写乱は20分前から関係者席のパイプ椅子いすに足を組んで座って、

目を閉じている。

幾つかの笑い声が聞こえるが、自分へのものかはわからない。

という理論で武装した彼は動じない。



*



時間になり、石橋中学校長澤ながさわ校長先生の挨拶から始まった。


「今日の講演は、阿坂さんのご都合がついたため、急遽開催できることになった。

という、非常にラッキーなことが重なり、実現しました。

元プロスポーツ選手、その経験から学べるというまたとないチャンスです。

ぜひ、全校の皆さん、保護者の皆さんも、

貴重な学びにしていただければと思います。

では、阿坂さん。よろしくお願いします。」


拍手に迎えられ、阿坂ヒロがステージに向かっていく。

小さく「かっこいい。」という声も拍手に混じる。

登壇とうだんし、マイクの向きを自分に合わせ、話し始める。


*


「皆さん、こんにちは。」


普遍的ふへんてきな挨拶から始まった講演は、

彼の小学生時代、サッカー人生の始まりから、

クラブチームのユース(下部組織)での努力と活躍。

高校一年生での初めての大きな挫折ざせつ

そして、夢であったプロサッカー選手になった。という内容だった。


「皆さんも、あきらめず。努力することで、夢を叶えてほしいと思います。

今日は、ありがとうございました。」


大きな拍手の中、降壇こうだんし、会場から退去たいきょしていく阿坂。


それを右目を閉じたまま一瞥いちべつし、自らも会場を去る絵写乱であった。




13

「では、失礼します。」と阿坂が、職員玄関の外で校長先生と挨拶をし、

この後にも授業があるでしょうから。

と、見送りを拒否して、レクサスの元へ向かう時、近くに人がいるのが見えた。


 レクサスと一台分空けて停められた白のプジョー406クーペ。

そのプジョーとレクサスの間に立ち、文庫本を読んでいる絵写乱がいた。



*



「えっと…。」レクサス、いや、絵写乱の近くまで来たものの、

戸惑とまどう阿坂から発せられた言葉は、その程度だった。


絵写乱は、文庫本を丁寧ていねいに閉じ、左手に持ち、右手をポケットに入れた。


「阿坂、いや、ヒロ。時間はあるだろう。ちょっと付き合わないか。」



阿坂は、自分をヒロと呼び直してきた、をよく見る。


「えっしゃん…。来るかもとは思っていたよ。」頭をきながらつぶやく。


「美味いコーヒーが飲める場所があるんだ。私のに乗ってくれ。」


絵写乱は、そう言っての助手席のドアを開く。


黙って助手席に乗り込む阿坂、

「閉めるぞ。」助手席のドアを閉め、絵写乱も運転席に乗り込む。


「レクサスと違って、エアコンの効きが悪いかもしれんが。」

と言いながら、キーを捻り、エンジンがかかる。


阿坂が何も言わないことの意味を少し考え、ゆっくりと石橋中から。

レクサスの横を通り過ぎて、走り出した。




ep.14に続く

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