Mission 002 鏡の中の〝ボク〟


 足音が止まった。


 地下室の扉の前。


 ボクは息を殺し、銃口をわずかに上げる。


 キリキリ……と、引き金にかけた指が、汗で滑りそうになる。



 ――開いた!



 軋む音と共に、扉が僅かに開かれ、そこから、一人の少女が姿を現した。


 長い黒髪……


 制服のような服装。和風の面影を残す、整った顔立ち。


 年の頃は、ボクと同じくらい。十二、十三歳。身長も同じくらいと見た。


 でも――その目が、違った。


 まるで、ボクの全てを見透かしているような、静かで深い光を湛えていた。


「ねえ、いるんでしょ?」


 その声は、柔らかく、けれど確信に満ちていた。


 ボクは、迷わなかった。跳んだ。宙を舞い、背後を取る。


 銃口を、彼女の後頭部に突きつけた


「動くな」


 震える声が、喉の奥から漏れた。でも、彼女は――笑っていた。


「いきなり物騒だね、千歳ちとせ


 その名を呼ばれた瞬間、背筋が凍った。 何故、ボクの名前を知っている?


「何者だ、貴様……妙なことしてみろ、撃つぞ」


「フフフ……君にボクは撃てないよ」


〝ボク〟? 女の子なのに、何故〝ボク〟?


 その瞬間だった。彼女は手を伸ばし、自らの顔に触れた。そして――剥がれた。


 黒髪が、スルリと落ちる。和風の顔立ちが、崩れる。


 その下から現れたのは――ボク?


 栗色のボブ。青い瞳。色白の肌。まるで、鏡を見ているような感覚。瓜二つ。いや、それ以上に、同じだった。


「そう。君もまた、ボクだから。ボクは菜花なのか。もう一人の千歳。そして千歳は、もう一人のボク」……声まで似すぎている。不思議な感覚が、ボクを支配する……


 銃を持つ手が、震えた。視界が揺れる。頭の奥で、何かが軋む音がした。


 ――ボクは、ボクなのに。目の前にいる〝ボク〟は、誰?


 菜花は、ゆっくりと手を差し出した。その手は、温かかった。けれど、ボクはまだ――信じられなかった。


「君は、一度死んだ。サバイバルナイフで、深く腹を刺されて。でも、ボクが助けた。ボクの血で、君を繋いだ。ボクたちは――一卵性双生児。命を分け合える存在だから」


 言葉が、頭の中で渦を巻く。死んだ? 助けられた? 双子? 何もかもが、現実味を帯びていなかった。


「君の心臓は、左にない。ボクと同じで、右にある。それが、ボクたちの〝特別〟の証」


 菜花は、そっとボクの手を取った。


 その手の平に鼓動が伝わる。右胸の奥で、確かに――トクン、と。


「ボクたちは、もう一度やり直せる。戦うためじゃない。生きるために。 この学園で、〝人間〟として」


 その言葉が、胸に刺さった。


〝人間として〟――ボクは、まだその意味を知らない。


 けど、何処かで、その言葉にすがりたいボクがいた。


「……ボクは、ボクなのか?」


「うん。君は千歳。ボクの大切な、もう一人のボク」


 菜花の声が、優しく響いた。


 その瞬間、ボクの中で何かが、静かに動き出した。



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