第3話:教室内は、マンマンマン!
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## 第?話:教室内は、マンマンマン!
ピーポー、ピーポー。
「…次の交差点では、一時停止を怠ったために、事故が発生しています。信号無視や一時停止違反は、重大な事故に直結します。」
免許証更新の講習会場。新しい免許証が出来上がるまでの待ち時間、詩織は交通安全のビデオを大人しく見ていた。もちろん、違反歴なんてない。普段から安全運転を心がけているし、何より後部座席に大事な娘たちが乗っているのだ。
「ふふ、大丈夫。私は優良ドライバーよ」
心の中でひとりごちる詩織の隣には、杏と紬が座っている。託児所に預ける時間が取れず、今日は二人を連れてきていた。教室の入口で、教官からは「構いませんが、お静かに願いますよ」と、念押しされていた。
(大丈夫、大丈夫。娘たちもおとなしく見てるし)
詩織はそう言い聞かせていたが、どこか嫌な予感がよぎっていた。普段から好奇心旺盛で、ちょっとした物音にも反応する娘たちだ。こんな静かな場所で、果たしてじっとしていられるだろうか。
ビデオは中盤に差し掛かっていた。
画面には、様々な交通標識が次々と映し出される。一方通行、駐停車禁止、徐行……。
そして、次の瞬間。
ドアップで画面に映し出されたのは、**黄色とオレンジで縁取られた、まん丸の大きな看板**だった。
それは、自動車専用道路の標識だったが、その形と色が、子供の目には別のものに映ったらしい。
「あ!」
静まり返った教室に、杏の大きな声が響き渡った。
詩織がギョッとして杏の方を見ると、杏は画面を指差し、目を輝かせている。
「**ままー!マンマンマン!**」
その言葉が発せられた瞬間、教室中の視線が、一斉に詩織と杏に集まった。
最初はクスクス、と小さな笑い声だったものが、あっという間に大きな爆笑へと変わっていく。
マンマンマン。そう、子供たちにとってそれは、おっぱい、乳房のことだ。
詩織は顔がカッと熱くなるのを感じた。
恥ずかしさで穴があったら入りたい。いや、今すぐ教室を抜け出して、この場から消え去りたい。
隣では、健太がいないことを幸いに、ただひたすら顔を赤くして俯くことしかできなかった。
教官も思わず吹き出しそうになるのを必死で堪え、咳払いをして「ええ、まあ、そう見えなくもない、かもしれませんね」と苦し紛れにフォローを入れる。だが、それは火に油を注ぐようなものだった。
教室中の生徒さんの爆笑は、なかなか収まらない。
詩織はもう、ただただビデオの終わるのを、そして講習の終わるのを、神に祈るように待つしかなかった。
免許更新に来たはずが、まさかこんな形で、自分の人生に忘れられない「標識」が刻まれることになるとは思ってもみなかったのだ。
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