2話 アネモネ


 時間が経つのはあっという間で、三学期も中盤に差し掛かったある日、時刻は8:30を回ったというのに、優磨が学校へ来ていない。しかし、まだこの時は想与もあまり気にかけておらず、


 遅刻かな?


 と、軽く考えていた。

 しかし、その考えが変わるのに、そう時間は掛からなかった。


 ———胸騒ぎがする。


 そう感じたのは、1時間目の終わり。先生が教室に入った時だ。

 次の科目は、お爺さんの先生だったのに、担任の若い女性の先生が入ってきたのだ。それだけではない。その顔は辛さや悲しみが混じっており、まだ何も告げられていないのに、冷や汗が流れた。


「想与さん…ちょっと、来てもらえますか。」


 そう言って呼び出されたのは会議室。…そんな所、入ったこともなく、字面から、先生達が会議する所と想像するしかなかった。それほど、想与には縁がない所である。


 会議室に居たのは、優磨の両親だった。優磨の家には何度か遊びに行ったため、そこそこの顔馴染みであったが、いつもと違う雰囲気を纏っており、何かあったのは確実だ。


 ———ポロ。


 まだ、何も言われていないのに、涙が溢れる。

 そうだ。心では分かっているのだ。…優磨が大きな怪我をした、大病を患った。或いは…。


「今朝登校している時、事故で亡くなった。」


 それが答えだ。

 …優磨の母が泣きながら、伝えてくれた。

 頭は真っ白で、それでも涙は止まらなくてとにかく泣き続けた。


 …優磨を失った悲しみと、酷くしたことを謝れなかったこと…「好き」そう言えなかった後悔全てが胸に押しかかり、酷く痛む。


 …その後の記憶はない。


 ◇◆◇


 数日後。優磨に渡せなかった手紙と、優磨に貰った数々の愛情を押し入れから全て出した。


 火を付け、想いと決別…なんてことをしようと言う訳ではない。…ただ、伝えたかった。


「優磨…ずっと、ずっと好きだった。初めて会ったあの日から、私を助けてくれたあの日から。…そして、ずっと伝えたかった、今まで、沢山悪口言っちゃったけど…全部本心じゃないの…本当はね、ありがとうって、好きって…そう言いたかった…って、優磨は分かっててくれたよね。…優磨…だけが……。」


 涙が、一粒、二粒と、溢れていく。

 嗚咽が漏れる。だが、喋り続ける。


「私ね…クリスマスのあの日、手紙書いたんだ。…ホントは、口で言いたかったんだけど、無理って分かってたから。そしてね、手紙…渡そう。そう思って、毎日学校に持って来てたの。でも、渡せなかった。…数日前の、あの日は、ね。実は、優磨の靴箱に入れれたんだよ、…ホントなら…後ちょっとで…伝わったんだよ…私の、気持ち。…馬鹿…」


 …初めて口に出した本音は、残酷なことに、優磨には届かない。しかし、この出来事が想与に大きな成長をもたらしたことに間違いはないのだ。


 …時間が経てば、想与は立ち直るであろう。立ち直った後は、また恋をするかも知れない。…もし、その時は…


「…ありがとう。」

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実のらぬまま咲いた花。 花藍81。 @krno9o9

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